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ジャニス:リトル・ガール・ブルー〜27歳で逝った女性初のロックスター真実の物語

2017.10.04

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なぜ歌いたいかって? いろんな感情を経験できるからよ。仲間とお祭り騒ぎの毎日じゃ味わえない感情を知ることができる。想像力を働かせ、真実を見出すの。音楽は感情から生まれ、感情を生み出すわ。


日本でも2016年9月に公開された『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』(Janis: Little Girl Blue/2015)は、ジャニス・ジョプリンのドキュメンタリー映画。

1967年にレコードデビューしてからわずか3年ほどの活動。彼女は1970年10月4日に帰らぬ人となった。ベトナム戦争や公民権運動、ウーマン・リブなどに揺れた激動の1960年代後半のカウンター・カルチャー=ヒッピー&フラワームーヴメントやロック・ミュージックを象徴したジャニス。女性初のロックのスーパースターのあまりにも短い生涯に迫った、見応えのある決定版的な作品の誕生を喜びたい。

これまでこの伝説のシンガーを扱ったフィルムとしては、同じドキュメンタリーの『ジャニス』(1974年)やその人生を下敷きにして作られたベッド・ミドラー主演の『ローズ』(1979年)などが知られていたが、没後45年以上経って新しいラインナップが加わることになった。

監督のエイミー・バーグは6年もの歳月をかけて本作と取り組んだ。ライヴ映像、TV出演、スタジオ風景、家族や友人、元恋人やバンドメンバーらの証言インタビュー。そして密かに綴られていた家族へ宛てた手紙の数々が初公開される。

「故郷テキサス州ポート・アーサーで育った自分」と「ロックスターとなった自分」との間で常に葛藤し続けたジャニスは、家族に宛てた手紙の中では自分自身に正直であろうとした。ジャニスを知っている人も知らない人も、103分間のドラマから魂に触れる“何か”を感じることになるはず。これは鑑賞ではなく、一つの体験だ。

1940〜50年代のアメリカ南部というのは、今とは比べものにならないほど保守的な環境で、家族が彼女に求めることと、彼女自身が求めていることの間には大きな溝があり、幼い頃の彼女はその間で引き裂かれていた。(エイミー・バーグ)

テキサス州ポート・アーサーで生まれ、グラビア雑誌の女の子に憧れながらも容姿に対するコンプレックスを抱え、いじめに遭った孤独な少女時代。トラブルメーカーでありながらも、読書好きで歌の才能も開花して放浪を続けた青春時代。

サンフランシスコのコーヒーハウスで歌い始め、酒とドラッグを覚えたジャニスは、1963年のニューポート・フォーク・フェスティバルに出演し、遭遇したボブ・ディランに「いつかあなたのように有名になるわ」と言ったそうだ。ディランはこう返した「みんな有名になるだろうよ」

1966年、23歳になったジャニスはシスコでビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーに加入。翌年6月、モンタレー・ポップ・フェスティヴァルで運命のステージに登る。その圧倒的なバフォーマンスで一夜にして成功が約束されることになった。1968年にリリースした『Cheap Thrills』が全米ナンバーワンの大ヒット。

ママへ。やっと近況を書く時間ができたわ。心地いい一軒家に無事に引っ越したの。結局、音楽の話になるけど、このバンドは私の命よ。全身全霊で取り組んでるわ。記事を送るわね。モンタレーが好評だったの。地元紙に記事が出たら送ってくれる? いつかスターになるかも。でもスターの称号なんて本当は意味ないのかも。


1969年、今度は自身のバンド、コズミック・ブルース・バンドで初ソロアルバム『I Got Dem Ol’ Kozmic Blues Again Mama!』を録音。メンバーの黒人ミュージシャンは「本当に白人なのか?」と耳を疑ったという。社会現象になったウッドストックに出演したのはこの年の夏だった。

しかし、ジャニスはバンドリーダーにはなれなかった。プレッシャーが大きすぎたのだろう。ドラッグなしではいられない身体と精神。舞台上で何万人もの異なった人々と愛を交わし、それからたった一人で家に帰らなければならなかった孤独と暗闇。年が明けると、ブラジルのリオで3か月の休息の日々を送る。

何とか27歳の誕生日を迎えたけど実感はゼロ。人生って不思議ね。2年前とは大違い。でもある時点で気づいたの。そこそこデキる人間は世の中に大勢いる。成功のカギは野心よ。自己実現への欲求。人に愛され、必要とされたいかなの。地位とか財産とか物質的な欲望じゃなくて、大勢の愛情が欲しいか否か……なんてね。ジャニスより


ドラッグを絶ったジャニスは、フル・ティルト・ブギー・バンドを結成して活動を再開する。最後のコンサートは8月12日だった。9月、高校の同窓会に参加するためにポート・アーサーへ帰郷。しかし昔と同じように孤独を味わう。普通なら受け流すことも、彼女はしっかりと受け止めてしまう傷つきやすい性格だった。

そして10月4日。LAのホテルで再び手を出したヘロインの過剰摂取により死亡。享年27。人生の転機を迎え、アーティストとしてやっていけるという自信と手応えをつかんだ矢先の悲劇。遺作『Pearl』は最大のヒットとなった。

家族のみんなへ。信頼を裏切ってゴメンなさい。でもこの機会に賭けたいの。今度こそうまくやるわ。今日はこの辺で。また近況を報告するわね。お小言は上記の住所まで。1つお願い。いくら何でも世界征服は無理よ。期待しないで。ジャニスより。愛を込めて。


映画の最後で流れる「Little Girl Blue」(*1)は感動的だ。それまでの激しい感情を包み込むように、優しく歌いあげるジャニスの姿がどこまでも心に残る。

そのままそこへ座って
そう、それでいいわ
そして指を数えるの
他に何をしようか
ハニー したいことはある?
痛いほど分かるわ
あなたの辛い気持ち
もう懲り懲りよね
そのままそこへ座って
いいから指を数えて
不幸で可哀想な
でも愛しいリトル・ガール・ブルー
辛い気持ちは
ハニー 私には分かっているわ
あなたの心の痛みそのままに


(*1)ニーナ・シモンの歌唱でも有名だったスタンダード・ナンバー。ジャニスは歌詞を独自に削ったり付け加えて歌いあげた。彼女のヴァージョンはこの曲の最も感動的な歌唱の一つとして知られている。

映画で手紙を朗読するのはキャット・パワー。そのほかクリス・クリストファーソン、ボブ・ウィアー(グレイトフル・デッド)、カントリー・ジョー・マクドナルドなどがジャニスの想い出を語っている。そしてジョン・レノン、メリッサ・エスリッジ、ジュリエット・ルイス、ピンクなどがコメントを寄せている。


字幕監修者はTAP the POPの書き手でもある音楽評論家/翻訳家の五十嵐正氏。「その歌唱はブルーズとR&Bに強い影響を受けており、ジャニスは広い人気を獲得した最初の女性ブルーズ歌手でもあった。シャウトやスクリームを交え、喜び、悲しみ、痛み、怒りなどの感情を生々しくさらけ出す力強く情熱的な歌唱は、それまでの女性白人歌手からはまったく聴いたことのないものだった」(パンフレットより)

サウンドトラック『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』

サウンドトラック『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』


*日本公開時チラシ
out_Janis_B2poster
2016年9月10日(土)よりシアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
(c) 2015 by JANIS PRODUCTIONS LLC & THIRTEEN PRODUCTIONS LLC. All rights reserved.
配給:ザジフィルムズ

映画の日本公式サイトはこちら

*このコラムは2016年9月8日に公開されました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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