TAP the SCENE

シング・ストリート〜80年代にMTVを見つめバンドを組んだ人たちに捧ぐ“未来へのうた”

2017.05.03

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1981年8月1日、午前零時過ぎ。『Music Television』(以下MTV)の放送がスタートした時、80年代の音楽シーンは幕開けたと言えるかもしれない。前年にはジョン・レノンが逝き、この年にはストーンズが史上最大規模の全米メガツアーを開始。かつて反体制の象徴だったロックスターたちは、遥か遠い世界に去ってしまった。それで充分だった。

“見えるラジオ”をコンセプトにした音楽ビデオを24時間流し続けるプログラムの登場は、アメリカやイギリスの若い世代の間に漂う空気を次第に変えていく。特に広大なアメリカではMTV観たさにCATVの加入が急激に伸び、その動きは田舎町から都市へと広がった。

音楽ビジネスやマーケティングももちろん変わった。レコード会社にとってMTVは、新たなプロモーションメディアに位置づけられた。売り出したいアーティストがいたら地道に各地をツアーで回るようなリスクや時間を取らせなくても、印象的なビデオさえ制作すれば、それ以上の効果が素早く期待できるようになったのだ。

その一番の恩恵を受けたのは、デジタル機材を活用したポップなサウンドを奏でるヴィジュアル性に富んだイギリスの若手アーティストたち。デュラン・デュランやカルチャー・クラブらニューロマンティクス勢がヒットチャートを独占する、いわゆる「第二次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれる動きは、MTVが巻き起こしたムーヴメントだった。こうしてMTVは若者文化/ポップカルチャーの主役に一気に躍り出る。

ミュージック・ビデオやビデオ・クリップなどと呼ばれた映像は予算化・作品化し、マイケル・ジャクソンやプリンスやマドンナといったスターを育み、青春映画がMTV化してサウンドトラックにも続々ベストセラーが生まれた。

日本においても、80年代に十代の多くを過ごし、洋楽に慣れ親しんだ世代にとって、MTVは特別な輝きを放っていた。現在40代半ば〜後半の人々なら、『ベストヒットUSA』『SONY MUSIC TV』『ザ・ポッパーズMTV』の名を知らない人はいないだろう。真夜中に放送されたそれらの情報番組は、音楽を愛する少年少女たちにとって、親が寝静まった後に訪れる夢のような時間だった。印象的なジングルとMTVのロゴは今でも強烈なクリエイティヴだ。

*このあたりのことは以下のコラムで。
8月1日にMTVが開局して僕たちは音楽を見た。親が寝静まった後に訪れる夢のような時間だった。

アイルランドでも状況は同じ。『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』で世界的な映画監督になったジョン・カーニーも、80年代はMTVから流れる音楽に夢中だった。海の向こうのロンドンや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の世界に憧れる少年は、バンドを組んで女の子を意識するようになる。

映画『シング・ストリート 未来へのうた』は、そんなカーニー監督の自伝的要素を含んだ作品。80年代、MTV、ハイスクール、バンド、片想い、ファッションといった風景がアイルランドの灰色の街ダブリンを舞台に鮮やかに描かれていく。

1985年、不況下のダブリン。父親の失業の影響で公立の荒れた学校に転校させられる高校生のコナー。両親も喧嘩ばかりで家庭は崩壊寸前。そんな毎日の中で、音楽狂いの兄貴と一緒にミュージック・ビデオをTVで見ている時だけが唯一ハッピーだ。

ある日。学校の前で偶然見かけた一つ上の女の子ラフィーナの大人びた美しさに一目惚れしたコナーは、思わず「僕のバンドのPVに出てみない?」と口走る。もちろんバンドなんてない。そして仲間集め、猛練習、曲作り、ビデオのゲリラ撮影の日々が始まっていく……。

サウンドトラックで流れてくるのは、キュアー、デュラン・デュラン、アーハ、スパンダー・バレエ、ジャム、ホール&オーツ、ジョー・ジャクソンらの80’sナンバー。主題歌はマルーン5のアダム・レヴィーンが歌っている。

映画の出来としては、正直突っ込みどころはたくさんある。ラフィーナは何の前触れもなく登場するし、コナーのバンド仲間たちのキャラクター描写も浅い。だが、そんなことはどうだっていい。こういう映画を作ろうとする情熱やスピリットに心打たれる。コナーの旅立ちを祝福するラストシーンなんてどこまでも印象的だし、アメリカが舞台じゃないからこそ、観ていて妙に“心地いいリアル”がある。『シング・ストリート 未来へのうた』は、80年代のMTVを見つめた世代に必ず観てほしい1本だ。

予告編


『シング・ストリート 未来へのうた』

『シング・ストリート 未来へのうた』


*日本公開時チラシ

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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