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シングルス〜シアトル発グランジの熱狂を映し出したキャメロン・クロウ監督作

2019.09.18

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2018年後半以降、「平成」を回顧する企画や特集を書籍や番組、ネットやイベントなどで目に触れる機会が多くなった。

西暦にすると1989年から2019年。バブル経済の崩壊とITの浸透を通過した約30年の歴史を振り返る手法は、社会、事件、経済、カルチャー、ヒット商品など切り口は様々。懐かしんだり、再発見したりと楽しみ方は尽きない。

僕自身も1997年に『バブル80’sという時代/1983-1994 TOKYO』という書籍を監修・執筆した際、一つの時代の始まりと終わりを描いたことがある。あの後奇しくも、世紀末やゼロ年代になってインターネットがすべてをのみ込んでいった。

なお、若者文化や東京のポップカルチャーという観点からは、『TOKYO POP CULTURE GRAFFITI〜東京に描かれた時代と世代の物語』(外部サイト)で描写・ストーリー化しているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

洋画の観点から1989年を思い出すと、ある映画作家のことが思い浮かぶ。その名はキャメロン・クロウ。この年『セイ・エニシング』で監督デビューした彼は、この30年間寡作ペースながらも、一貫して「生きる」ということの歓びや哀しみをその力強い作品を通じて教えてくれた。

ザ・エージェント』『あの頃ペニー・レインと』『バニラ・スカイ』『エリザベスタウン』『幸せへのキセキ』はその証。個人的にこれらの映画を観て何度救われたことだろう。

1957年生まれのキャメロン・クロウは、15歳の時にローリング・ストーン誌で最年少記者になった。その後、プレイボーイやペントハウスといった雑誌で記事やコラムを執筆。大学卒業後に高校生の生活を描きたくなって“潜入学”。この時書き上げたのが『初体験リッジモント・ハイ』で、1982年には映画化されてヒット。クロウは脚本も担当した。

その後84年の『ワイルド・ライフ』でも脚本を手掛け、人気ロックバンドのハートのナンシー・ウィルソンと結婚(現在は離婚)。映画における音楽の使い方や選曲のセンスが抜群なのは言うまでもない。パール・ジャムやデヴィッド・クロスビーの音楽ドキュメンタリーも撮っている。

洋楽の観点から1989年といえば、2年後に全米で社会現象を巻き起こすシアトル発のグランジがあった。ニルヴァーナがサブポップからデビュー作をリリースしたのが同年。パール・ジャム、サウンドガーデン、アリス・イン・チェインズ、スマッシング・パンプキンズらが後に続いて大ブレイクした。

その音楽やファッションは日本のストリートカルチャーにも影響を与え、カート・コバーンの死を経て90年代後半に終焉するまで、当時の若者たちを熱狂させた。

映画『シングルス』(Singles/1992)はキャメロン・クロウ35歳の時の作品で、グランジのホームタウンであるシアトルを舞台にした青春映画。と言ってもティーンが主役ではなく、独身者専用アパートで暮らす20代前半の男女たちの「生きる」ことに向き合う姿を取り上げた。

主演はピーター・フォンダの娘、ブリジット・フォンダ。名優ジョージ・C・スコットの息子、キャンベル・スコット。そしてマット・ディロンなど(ちなみにあのティム・バートン監督もカメオ出演しているので、どこにいるか見つけるのも楽しい)。

また、ライヴシーンではサウンドガーデン(Voのクリス・コーネルは2017年に死去)やアリス・イン・チェインズ(Voのレイン・ステイリーは2002年に死去)も登場。ディロンのバンド役はパール・ジャムの面々と、まさにグランジの熱気と瞬間が詰まった、今では“歴史的”な作品でもある。

予告編


アリス・イン・チェインズのライヴシーン

『シングルス』

『シングルス』


*日本公開時チラシ

*参考・引用/『シングルス』パンフレット

*このコラムは2019年3月22日に公開されました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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