TAP the SONG

息苦しい時代が到来して来た今、星野源たちが「スーダラ節」を歌い継ぐことで何かが変わるか?

2014.08.28

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2011年7月30日、フジロック二日目のリハーサルが始まったアヴァロン・ステージでは、星野源が「リハだけどご一緒に!」と声をかけて「スーダラ節」が始まった。
そして本番前から観客との大合唱が繰り広げられたのだ。

それから1年以上が過ぎた11月26日の午後、フジテレビ『笑っていいとも!』が放送終了した後に、音楽に精通する編集者・ライターである松永良平氏のツイッターからこんなつぶやきが流れた。


これはテレフォンショッキングのコーナーで、ゲストの星野源がタモリと一緒に生歌を披露したいと言って、その場で「スーダラ節」のセッションが実現したことへのツイートだった。

すぐに「スーダラ節: ただただカッコイイ…」、「音楽のええ所が全部詰まってる感あるなー」、「星野源が本当に楽しそうでかなりの多幸感」といった反応にも繋がった。

それは番組で起きた単なるハプニング以上に、日本の音楽シーンで何かが変わっていく兆しだったのかもしれない。

syabon012シャボン玉ホリデー 

1961年の6月から始まった日本テレビのバラエティ番組「シャボン玉ホリデー」は、黎明期を飾った伝説の番組として、今も語り継がれている。
メイン・キャラクターはザ・ピーナッツ、そしてハナ肇とクレイジーキャッツであった。

ジャズ出身のコミカルなバンドとして米軍キャンプなどを回っていたクレイジーキャッツは、結成6年目にしてこの番組をステップボードに人気が爆発した。

分岐点はは8月にリリースされたレコードの「スーダラ節」が、記録的な大ヒットになったことだった。



それまでの常識からすればかなり”変な歌”だった「スーダラ節」を書いたのは萩原哲晶、米軍キャンプのステージで演奏中にアメリカ兵から「ユー!クレイジー」と言われ、それを逆手に取って自らクレイジーキャッツと名乗るようになったメンバーたちとは、バンド時代の先輩にあたる。

植木等の口ぐせだった意味不明の言葉「スイスイスーダララッタ~」のフレーズをもとにして、萩原がコミカルで破天荒な曲を作り、クレイジーキャッツのコントを書いていた放送作家、青島幸男が歌詞を付けた。

オーソドックスな歌手を志していた植木等は、その”変な歌”に抵抗を感じて、当初は歌うのを嫌がったという。
しかし腹をくくって歌ってみたらこれが爆発的にヒット、植木等はこれを機に凄まじいエネルギーを発揮し、予想をはるかに超える人気者となってスター街道を驀進していった。

f0144493_3132092植木等

青島幸男が書いた一連のクレージー・ソングには、”スーダラ”とか”無責任”、あるいは”C調”といった言葉に託されたメッセージがあった。
ナンセンスでいい加減に見えるな歌の奥底に、青島は幅を利かせ始めた物質文明主義や経済優先の社会に対して、庶民の側からのアンチ・テーゼの思いを込めていた。

日本流の因習や社会構造に安住してしまう危険に対して、「ユー!クレイジー!」とクレイジー・ソングで警鐘を鳴らしていたのだ。

青島幸男による「いかに人は自由人たれるか」という哲学的なテーマが、植木等という唯一無二のオーラを持ったキャラクターを通して、クレイジーキャッツの歌と笑いによって体現されていく。

中学生、高校生の頃、どん底に暗い性格の僕には、青島さんの詞が精神安定剤でした。その豪快さ、無責任という言葉の痛快さに励まされつも、きっとどうでもいい小さいことで悩んだりする人なんだろうなあ、そんな人じゃないとこんな世の中の哲学みたいな歌詞かけないよなあ、と勝手に親近感を持っていました。(星野源)


閉塞気味で息苦しい時代が到来している現在、「スーダラ節」がカヴァーされて復活しているのは決して理由のないことではないはずだ。

2014年の春にはアッパーなロック・アレンジでカバーされたSEBASTIAN Xの「スーダラ節」が出たし、夏には2人組姉妹ユニットのチャラン・ポ・ランタンもカヴァーしている。




<注>引用元・「CDジャーナルムック 青島幸男読本」(監修)北中正和 青島美幸


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星野源・平野太呂『ばらばら(CD付) 』(単行本)
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