TAP the SONG

音楽と笑いでブームを巻き起こしたクレージーキャッツの”変な歌”①植木等の「スーダラ節」

2017.09.08

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1960年代初頭からテレビで人気が上昇してたクレージーキャッツだが、最初の爆発は植木等の歌った「スーダラ節」の大ヒットから始まった。

そこから「ドント節」「五万節」「ハイそれまでヨ」「無責任一代男」と、加速度的にコミックソングでブームを巻き起こしていった。
その快進撃を支えていたのは植木等というキャラクターを確立させた作詞の青島幸男と、作曲・編曲の萩原哲晶によるソングライティング・チーム、およびテレビ番組と映画とライブを組み合わせたトータル・プロデュースの力によるものだ。

それらを陣頭指揮していたのがゼネラル・プロデューサー、渡辺プロダクションの創始者だった渡邊晋である。
その存在と指導力はクレージーキャッツにとって、実に大きいものであったはずだ。

クレイジーキャッツ ライブ

進駐軍バンドとして活躍していたジャズメンたちが、コミックバンドを目指して結成したクレージーキャッツは、放送作家だった青島幸男が作った歌詞と、萩原哲晶の革命的なサウンドによって、自由奔放で開放的、かつ破壊的なイメージが完成することになる。

月曜から金曜まで放送されるテレビの帯番組『おとなの漫画』の構成作家として、なかなかアイデアが生まれず締め切りに追われて苦しんでいた青島幸男は、安定した身分が保証されているサラリーマンを”気楽な稼業”とうらやましがって書いたという。

「スーダラ節」の歌詞の中で描かれていたのは、当時のありふれたサラリーマン像だった。
その歌詞に込められていた青島幸男の本音が、当のサラリーマンにも共感を持って受け入れられたのだ。

🎵チョイト一杯のつもりで飲んで
いつの間にやら ハシゴ酒
気がつきゃ ホームのベンチでゴロ寝
これじゃ 身体にいいわきゃないよ
分かっちゃいるけどやめられねぇ


これが爆発的に受けたのは歌詞に意味がある前半を受けて、後半に展開する植木等のウキウキしてくるような言葉、「スイスイスーダララッタスイスイ」が秀逸だったからだ。
意味不明ながらも不思議な調子の良さがあるフレーズは、音楽的にノリもよく、えも言われぬ”おかしさ”があったのである。




「シャボン玉ホリデー」でのアレンジを皮切りに10数年間にわたって、クレージーキャッツと日常的に仕事をしてきた音楽家の宮川泰は、歌が生まれてきたときの様子をこう述べている。

僕もアレンジを担当するようになったから曲の会合に出てたんだけど、詞は青島(幸男)さんでしょ。
青島さんが書いてきて渡辺晋さんの家でミーティングするの。
もちろん植木(等)さんも来て、今度歌うのはどんなのかな、って興味持ってるでしょ。
そうすると青島さんが詞を読んで聞かせる。
あの人が読むとおかしいのよ。
「ちょいと一杯のつもりで飲んで~」って飲んでる格好するわけ。
ムチャクチャおかしいのよ。
それを渡辺晋社長がね、「うん、そこわかるけどね、ちょっとしつこいからもう少し変えてね」とか言ってね。
それで萩原さんがメロディー作ってくるとA、B、Cと3つぐらい作ってくるの。
それを歌いながら「そこもうちょっと下世話にできないかな」とか社長たちにいろいろ言われながら作ってたのよ。


渡辺プロダクションの社長だった渡邊晋がプロデューサーとして先頭に立って、歌作りを取り仕切っていたことがわかる。
機嫌がいい時の植木等が発する口ぐせだった「スイスイスイ」や、「スンダラダッタ」という意味不明のフレーズを歌にしようと考えて、渡邊晋は『おとなの漫画』でクレージーキャッツのコントを書いていた放送作家、青島幸男に作詞をさせることを思いついたのだ。

そこから生まれたしがないサラリーマンの生活や気分を綴った歌詞と、「わかっちゃいるけど やめられない」という決めフレーズが、絶妙にハマった。

しかし、後に”無責任男”として一世を風靡する植木等だったが、実は根っから生真面目な性格で正統派の美青年、水もしたたるいい男だった。
ジャズ・ギタリストとしても一流で、かつてはオーソドックスな歌手を志していた時期もあった。
そのために出来上がってきた「スーダラ節」には抵抗があり、はじめのうちはどこかで歌うことを嫌がっていたという。

だが若い頃から社会主義労働運動や部落解放運動に参加し、戦時中は指導者として何度も投獄されるほど徹底したヒューマニストであり、戦後は浄土真宗の僧侶となった父親に相談すると、「『わかっちゃいるけどやめられない』は親鸞の教えに通じる」との助言をもらった。

そこで意を決して歌ったところ、レコーディングの現場ではミュージシャンが笑い転げてしまってNGが続出、異常なハイテンション状態になったという。
その時の様子を当事者の青島幸男が、このように述べている。

歌詞が面白かったのは当然として、萩原哲晶のメロディー、およびアレンジが抜群にスットン狂で、これまでに聞いたこともない様なおかしさだった。
植木等がまた、これに輪をかけてフザケていた。
途中まで歌ってみては、すぐにフキ出しちゃって、
「ケッケッケッ‥‥‥」
と例の大声で笑いころげる。
何回も真面目な顔に立ち返っては、初めからやり直すんだけど、
--あ、うまく行くナ
と安心していると、
今度は伴奏をやっているニューハード・オーケストラの方で誰かがブッとフキ出しちゃって伴奏はガチャガチャになっちゃう。
ひどかったのは、エキストラで来てくれた特殊楽器の音楽大のお嬢さんだ。
いざ本番ってんで、植木が真剣な顔になってマイクの前に立っただけでケタケタと笑いだす始末だ。
「すみません、今度は絶対に笑いませんから」
彼女は何回も同じようなことを言って皆にあやまっては、まっ先に笑い出した。
こんなことをえんえんとくり返し、どうやら無事に録音を終了した時は、予定時間を二時間もオーバーしていた。


こうして出来上がった「スーダラ節」のレコードは大ヒットを記録し、植木等の人気がここから一気に急上昇したのである。




(注)本コラムは2016年5月20日に公開されたものの改訂版です。なお青島幸男の文章は「CDジャーナルムック 青島幸男読本」(監修 北中正和 青島美幸)からの引用です。

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