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実に日本人好みの洋楽だった「悲しき願い」~アニマルズからサンタ・エスメラルダ、そして尾藤イサオ

2017.11.03

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日本で「悲しき願い」がリバイバル・ヒットしたのは、1978年の春から夏にかけてのことである。

当時はディスコ・ブームの真っ盛りで、東京の新宿や渋谷、六本木、池袋、大阪の梅田や心斎橋など、都市の繁華街には次々にディスコが開業して人気を博していた。
そして7月にはジョン・トラボルタ主演の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開されて、ますますブームが過熱していくことになるのだが、その直前に大ヒットしていたのがサンタ・エスメラルダの「悲しき願い」だった。

「悲しき願い」はアニマルズのシングル盤が1965年に、全米チャートで15位まで上がったヒット曲である。
そしてサンタ・エスメラルダのヴァージョンもまた、アメリカでは1978年2月18日に最高15位でアニマルズと同じ順位だった。


サンタ・エスメラルダはヨーロッパとアメリカのミュージシャンやソングライターによってつくられたグループだ。
世界的文豪のヴィクトル・ユーゴーが残した代表作の「ノートルダムのせむし男」に登場するヒロイン、エスメラルダというジプシーの娘から、グループ名をとったといわれる。

彼らの「悲しき願い」はスパニッシュ・ギターやカスタネットなどが使われたフラメンコ調で、ディスコ・サウンドとラテンのミクスチャーが成功して、1977年にまずフランスでヒットした。

そこからヨーロッパとアメリカにまで広がったのだが、日本ではラジオの「オール ジャパン トップ20」で1978年4月から5月にかけて1位を続けた。
そして年間の洋楽シングルTOP100でも、ベストテンの4位にランクされる大ヒットになったのである。



オリジナルの「悲しき願い」は、サンタ・エスメラルダのヴァージョンとはかけ離れたスローなブルースで、1964年にジャズ・シンガーのニーナ・シモンの歌として発表された。
それを取り上げてカヴァーしたのが、イギリスのアニマルズだった。

彼らは1960年代半ばにビートルズやローリング・ストーンズ、デイブ・クラーク・ファイブ、ザ・フーなどと共にアメリカし進出して成功を収めた、いわゆるブリティッシュ・インベイジョンと言われたバンドで、ブルース・ロックとR&Bをレパートリーにしていた。

彼らのヒット曲「朝日のあたる家」もやはり、アメリカのトラディッショナルなフォークソングだった。



アニマルズの「悲しき願い」が世界中でヒットしたのは、オリジナルよりもテンポをあげたこと、男性のエリック・バードンによって訴えかける歌い方に迫るものがあったこと、そしてイントロやブルッジに特長あるギターのリフが新たに加えられたことだった。

男性が訴えかける哀切なヴォーカルと印象的なリフは、サンタ・エスメラルダのヴァージョンでも、そっくりそのまま受け継がれてヒットに貢献している。

ベイビイ、おまえはオレのこと わかってくれているか?
オレはときどき もう気が狂いそうになる
誰もがいつも 天使で生きていられるわけじゃない
うまくいかないことがあると みんな最悪に見えてくる
だけど、オレは本心から善くありたい
あぁ神様、どうか誤解されたままにしないでくれないか?




日本ではアニマルズのレコードが出てすぐ後に、尾藤イサオが日本語ヴァージョンを発表してヒットさせた。
その歌詞は少ない言葉数というハンデがありながらも、オリジナルのブルースに相通じるものがあった。

そして「誰のせいでも ありゃしない みんな俺らが悪いのか」というフレーズは、当時の流行語になるくらい子供から大人にまで広く浸透した。

ベイビー 俺の負けだ あきらめよう
片思いの恋だけは もうたくさんだ
誰のせいでも ありゃしない
みんな俺らが悪いのか



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