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無名時代だった阿久悠を慰めてくれたレイ・チャールズの「旅立てジャック」と坂本九の「上を向いて歩こう」

2019.03.01

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中村八大&永六輔コンビの書き下ろしによる「上を向いて歩こう」が、坂本九によって「第3回中村八大リサイタル」のなかで最初に唄われたのは1961年7月21日のことだった。
それがレコードになって10月15日に発売されるとたちまち大ヒットしたのだが、アメリカではその時にレイ・チャールズの「旅立てジャック」が全米チャートの1位になっていた。

この曲はレイの親友だったR&B歌手のパーシー・メイフィールドがつくった作品で、レイと彼のコーラス隊であるレイレッツが繰り広げる掛け合いがヒットの要因になっていた。



ダメな男に愛想を尽かした女の怒りを描いた歌詞のなかで、「No More」が繰り返される女性コーラスの口調は辛辣そのものだ。
だが情けないダメ男の歌声からは、どことなくユーモラスさな温かさがにじみ出てくる。

(女)さあ出てって!ジャック もう二度と戻ってこないで 
 もう二度と もう二度と もう二度と
 さあ出てって!ジャック もう二度と戻ってこないで

(男)What you say? 何てった?

(女)さっさと出てって!ジャック もう二度と戻ってこないで 
 もう二度と もう二度と もう二度と
 さっさと出てって!ジャック もう二度と戻ってこないで

(男)Oh woman, Oh woman そんなにひどい扱いするなよ
 おまえはオレが知ってる中で いちばんの意地の悪い女だな
 まぁ おまえがそういうなら 荷物まとめて出て行くけど


よく出来た歌というものには不思議な力がそなわっているもので、気持ちが弱っている人の心に寄り添って支えたり、生きていくための希望を呼び覚ましたりすることがある。

ただし、その力を発揮するためには歌詞だけではなく、楽曲が持っている音楽としての楽しさや悲しさ、強さや脆さ、儚さを唄える歌手が必要になってくる。
若々しい女性コーラスによるレイレッツの生命力と、レイのしゃがれた渋い歌声の組み合わせはそれを十分に満たしていた。

さらにはそこに名付けられた「旅立てジャック」というタイトルのおかげで、当時の日本ではこの歌から素直に元気をもらったリスナーが多かったという。
多くの若者が「早く自立して旅立ちなさい」という歌だと勘違いしていたのだ。

そうした誤解は言葉が理解できなくて起こることだが、ポップスが世界に広まっていく上では強みとなることもある。
社会人になって3年目だった阿久悠が下宿でひとり、黄疸の症状に苦しみながら心細い思いで過ごしていたときの音楽体験を、このように述べていた。

ちょうどその頃、過労と栄養不良が重なって黄疸になった。最初は風邪かなと思っていたが、そのうち、妙に臭いに敏感になり、近所の台所から流れてくる魚を焼く匂いに吐き気をもよおすようになり、当然のことに食欲はさっぱりで、酸っぱいミカンだけがかろうじて食べられた。
医者行って症状を説明すると、「あんた、そりゃあ、つわりと同じことだよ」と笑われ、「つまるところ、お粥とシジミ汁かな」と肝臓の機能不全であることを告げられた。間借りの一人暮らしで、お粥とシジミ汁なんてことがいちばん厄介なのだが、お世話になっていた家の人に親切にされ、毎食それを作ってもらい、部屋で寝ているうちに、病名通りに真黄色になった。驚いたのは、シーツに黄色い人の形ができていたことで、何とも情けなく、これで未来もかき消えるかぐらいに落胆していたが、そんな時、妙に数多くラジオで聞き、慰められた歌が、レイ・チャールズの「旅立てジャック」と坂本九の「上を向いて歩こう」であった。


盲目の天才シンガーで「ソウルの神様」とも謳われたレイは、1930年代のスタンダード・ソングだった「我が心のジョージア(Georgia On My Mind)」をカヴァーし、1960年11月には全米チャートの1位を獲得したが、日本ではまだ無名の存在に過ぎなった。
しかしそれから1年後、「旅立てジャック」によって洋楽ファンの間で少しは知られるようになった。
阿久悠はレイ・チャールズの歌声によって、早く元気を取り戻して旅立てと励まされていたのだろう。

その一方で坂本九の「上を向いて歩こう」を聴いて、大量の涙を流したということも述べている。

涙がこぼれないようにと言われるのだが、わけ知らず大量の涙を流したことを覚えている。独身者には病気がいちばんこたえる。体を患うだけではなく、荒野に投げ出された気分になるのである。ましてや、将来を決しかねている時代であるから尚更心細かった。


病床にあってレイ・チャールズの「旅立てジャック」と「上を向いて歩こう」に慰められたというエピソードからは、歌が内包している力に反応し、それを素直に受容する阿久悠という表現者の持つ類まれなる能力が垣間見えてくる。


(注)阿久悠氏の発言はすべて、阿久悠著「愛すべき名歌たちー私的歌謡曲史―」(岩波新書)からの引用です。

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