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追悼・千家和也~15歳にして山口百恵が独自の表現に至った「ひと夏の経験」

2023.06.11

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デビュー作の「としごろ」から山口百恵のシングルを作曲してきた都倉俊一は、「青い果実」に続いて「禁じられた遊び」、「春風のいたずら」と、作詞家の千家和也とのコンビで順調にヒット曲を出していた。
ところが「青い果実」から半年が過ぎる頃になると、何かがもの足りないと感じるようになったという。

そうした意識は作曲家としての個人的な思いではなく、スタッフたちの間でも共通していたらしい。

桜の季節が過ぎた頃、夏に向けて発売するための曲について打ち合わせがあった。
すでにいくつかの詞は出来ていたのだが、これといった決定版がないという結論になり、千家が書き直すことになった。

そのときに思ったことについて都倉は著書『あの時、マイソングユアソング』(新潮社)の中で、このように述べていた。

 山口百恵という子は不思議な子である。仕事場で会ってちょっと話をしただけで別れた後に余韻を残す子なのである。それは歌のレッスンをしたあとも同じである。抜群の歌唱力とはいえないが、私の耳に彼女の歌の余韻が残る。 
 曲をつくるとき作曲家は当然歌い方のイメージを描きながらつくる。それを歌手にレッスンするとき時、歌い方を聞きながら「ここはこう歌うんだ」と指示するのが普通であるが、百恵の場合、時々彼女の歌い方のほうが印象に残っていることがある。
 「私、不器用ですからいろんな歌い方ができなくて、…」
 というのが彼女の口癖だったが、その不器用な歌い方が魅力的なら何も変える必要はない。彼女の世界が魅力的ならその世界に我々も参加すればよい。我々が思い切った物語を作り、それを彼女がどう演じるのか見てみようじゃないか。


打ち合わせた後にチームとしてもそうやって頭を切り替えたことが、百恵プロジェクトにとって大きな転換点となった。
それから1週間後、千家が仕上げた歌詞が都倉のもとに届いたのだが、普通の大人の常識からすると、なんとも過激な内容であった。

歌詞を読んでみた都倉は「おいおい、まじかよ」とやや戸惑いを感じたというが、それでもすぐに作曲に取りかかったと述べている。
インパクトの割にはなぜか下品でなかったし、決して不道徳でもないというか、むしろ恋愛に関する純粋さが感じられる歌詞だった。

“青い性典”路線の過激さが、千家ならではの世界に自然体でおさまっていたのだ。


都倉が「彼女がこの詞をどう演じてくれるか楽しみであった」と記していたのは、プロデューサーの酒井政利と同じように、彼もまた山口百恵が持っている独自の表現力、歌の主人公を演じながら奏でるという能力に期待したからだろう。

すべては歌手の力にかかっているという意味において、「ひと夏の経験」は唄うのが難しい作品であったのかもしれない。
しかし山口百恵はここでも類まれなる表現力を発揮し、周囲の期待にきちんと応えて、ハードルを乗り越えていったのである。

ただし、かなりストレートな“青い性典”路線に戻った「ひと夏の経験」が発表されると、ふたたびマスメディアからのバッシングが起こった。

ところが矢面に立たされた山口百恵は暗にキワモノだと見下されても、萎縮としたりぜず毅然とした態度を保ち続けた。

彼女はこのとき、女の子の微妙な心理を自分の中でひとつひとつ確認しながら、ていねいに唄うことによって表現者として成長していた。

それはもちろん無意識だったわけではなく、彼女の中では以下のように自覚されていたという。

確かに歌として見た場合きわどいものだったのかもしれないのだが、歌うにつれ、私の中で極めて自然な女性の神経という受け入れ方にできるようになっていた。もちろんその頃はまだ想像の域を脱してはいなかったのだが、それでも女の子の微妙な心理を、歌という媒体を通して自分の中でひとつひとつ確認してきたように思う。その意味で私は、歌と一緒に成長してきたといっても過言ではない。
(山口百恵・著 残間里江子・編「蒼い時」集英社)


そして14歳から15歳にかけての山口百恵は楽曲を演じるという能力だけではなく、ほんとうの歌唱力も身につけていく。

千家和也と都倉俊一、二人のソングライターが全力で初期にいい仕事をしたからこそ、その先に起こる驚異的な飛躍が準備されたともいえる。


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