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TAP the STORY

新生RCサクセションを率いる忌野清志郎27歳、 「よォーこそ!」で幕を開けた新時代 

2016.07.23

1978年10月27日、東京・渋谷のライブハウス「屋根裏」で行われたRCサクセションのライブは、「よォーこそ」で始まった。

忌野清志郎は顔に薄っすらとメイクを施し、短い髪の毛をツンツンに立てていた。

冗談半分で化粧してステージに上がったら、スタッフなんかから大ひんしゅく買ってさ、「清志、ちょっとないんじゃない」って。
でもおれはおかまいなしでさ、ファン・サービスみたいなもんだよ。
どんどんエスカレートしてさ、髪まで逆立てて‥‥‥スプレーぶっかけてね。(注1)




その頃のRCサクセションは、ヒット曲もなければ仕事もないという日々が2年以上も続いていた。
もともとアコースティック・トリオだったバンドが、エレクトリック志向を打ち出したのは結成から10年が過ぎたこの年である。

忌野清志郎は4月2日で27歳になっていた。

その日は第2部のオープニング曲は「上を向いて歩こう」だった。
坂本九の世界的な大ヒットから15年が過ぎた「上を向いて歩こう」を、忌野清志郎は「日本の有名なロックンロール!」と紹介して歌い始めていくことになる。

「上を向いて歩こう」は翌年7月、新生RCサクセションの再デビュー・シングル「ステップ!」のカップリング曲としてリリースされた。

忌野清志郎は「A面にしたかったんですけどね。強力な反対にあってB面にまわされてしまいました」と後に語っている。(注2)

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意向が反映されなかったことが関係したのかどうか定かではないが、シングル「ステップ!」はまたしてもヒットしなかった。
しかし新生RCサクセションの熱いライブ・パフォーマンスはに評判になり、アンテナ感度の高い若者たちの間で口コミを通じて広まっていく。

同じ時期に一人の女性、フリーライターの吉見佑子さんが「どうして『シングル・マン』のレコードが手に入らないの?!」と、一人のファンとして声を上げたのだった。

今でこそ名作の誉高い『シングル・マン』だが、不遇の時代に発表された時はメディアからも音楽ファンからも無視された。

そもそもレコーディングが1974年に行われたにもかかわらず、所属事務所の移籍にまつわるトラブルに見舞われて陽の目を見れず、やっと発売されたのは1976年になってからだった。

しかし1月21日に発売した先行シングル「スローバラード」が不発、4月21日に発売されたアルバムもまったくといっていいほど売れず、わずか1年足らずで廃盤の扱いになってしまう。

スローバラード

廃盤となって手に入らない状態にあった『シングル・マン』を再び世に出すため、吉見さんは友人や知人に声をかけた。
そして週刊少年ジャンプの編集者だった集英社の堀内丸恵さんから、「有志で再発売実行委員会を設立してレコード会社に働きかけたらどう?」というアイデアをもらった。

そこへRCサクセションのレーベルだったキティの宗像和男が、特別宣伝マンとして事務局の役割を買って出た。
そして宗像のガッツある交渉によって発売元のポリドールが、ようやく重い腰を上げて限定発売が決まる。

ここから追い風が吹き始めたことで、RCサクセションを取り巻く世界は大きく変わっていく。

新曲「ステップ!」が不発に終わったにもかかわらず、11月に限定300枚で復刻された『シングル・マン』が完売になったのだ。

今では伝説になっている青山の輸入盤店「パイド・パイパー・ハウス」に200枚、池袋西武「アール・ビ・バン」と国立の「レコード・プラント」に各50枚が納品されると、わずか10日間で売り切れてしまった。

追加で500枚がプレスされたがすぐに完売し、再追加の700枚もまた売り切ってしまったのだ。

こうして幻のアルバムは1980年の夏に、ポリドールから正式に再発売される。
RCサクセションは完全に軌道に乗り始めて、その後の日本のロック・シーンをリードしていく存在となっていく。

新生RCサクセションのエネルギッシュな演奏と派手なパフォーマンス、忌野清志郎のソウルが組み合わされたステージは、まさに新しい時代の幕開けを告げるものだった。

f0198546_12135654再発のシングルマン



*メイクを施し
ボブ・ディラン、デビッド・ボウイ、KISSらの影響もあって、忌野清志郎がメイクを始めたのは1978年秋のこと。


*トラブルに見舞われて
所属していたプロダクションで井上陽水の独立をめぐって起きた問題のあおりを食らい、契約上の問題から完成後にお蔵入りになってしまった。


*ポリドールから正式に再発売
再発売されたLPレコードの帯には、次のようなコメントが掲載された。

このアルバム『シングル・マン』は、4年前に発売されあえなく廃盤になっていたものです。しかし、このアルバムを今一度世に出したいと、吉見佑子さん、パイドパイパー・ハウス岩永正敏さん、ART VIVANT芦野公昭さん、堀内丸恵さんその他数多くの方々のご協力により「再発実行委員会」がつくられ、昨年末より自主限定発売がされていました。プレスされるたびに売り切れとなり、手に入れられない方や、東京以外の方から苦情が相ついでいましたが、このたびどこでも手に入れられるよう再発売できるようになりました。ひとえにRCサクセションを支持して下さるファンの皆様、そして再発実行委員会に直接、間接にご支援いただいた皆様の熱意のおかげと深く感謝しています。レコード会社としまして、こんな素晴らしいレコードを廃盤にしていたことを恥じ入り、反省している次第です。



(注1)連野城太郎著「GOTTA(ガッタ)!忌野清志郎」 (角川文庫)
(注2)今井智子著 おおくぼ ひさこ(写真) 「Dreams to Remember ~清志郎が教えてくれたこと」(飛鳥新社)


*このコラムは2015年5月1日に初回公開されました


RCサクセション「シングル・マン」幻のテープ40年ぶり発見。忌野清志郎も喜ぶ。

singleMan
『シングル・マン』
RCサクセション
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