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バート・ヤンシュを偲んで〜ジミー・ペイジ、ノエル・ギャラガー、ジョニー・マーに影響を与え“英国のボブ・ディラン”と呼ばれた男の足跡と功績

2026.10.04

2011年10月5日、バート・ヤンシュ(享年67)がロンドン北部ハムステッドのホスピスで亡くなった。後日、死因は癌と発表された。

トリビュート・ライヴが、ロンドンのロイヤルアルバートホールで開催されたのは、その死から2年経った2013年12月3日のことだった。ステージには発起人のレッド・ツェッペリンのロバート・プラント、ヤンシュが率いたバンド、ペンタングルのメンバーのほか、同郷(スコットランド)のドノヴァンや同世代のSSWとして知られるラルフ・マックテルらが登場し、才人を偲んだ。

バート・ヤンシュは、1960年代に活躍したギタリストのデイヴィ・グレアムや、フォークシンガーのアン・ブリッグスからインスパイアされたギタープレイを武器に、“英国のボブ・ディラン”と称されることもあった。

しかし、ディランとは違い、歌詞ではなくインストゥルメンタルでの表現を得意としたアーティストである。ニール・ヤング、ポール・サイモン、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)、ノエル・ギャラガー(オアシス)、ジョニー・マー(ザ・スミス)、バーナード・バトラー(スウェード)、ニック・ドレイクなど、幅広い世代のアーティストに影響を及ぼしたことでも知られる才人だった。
1943年11月3日、スコットランドで生まれたヤンシュは、10代の頃にギターと出会い、音楽の道へ進む。ウディ・ガスリー、ビッグ・ビル・ブルーンジー、ライトニン・ホプキンス、ブラウニー・マギーなどを聴いて青春時代を過ご、高校を卒業して庭師として働いた。

1963年、20歳となったヤンシュはヨーロッパ各地を放浪しながら、バーやカフェで演奏する生活を始める。あちこちへとヒッチハイクしながら旅をしていたが、1965年にモロッコのタンジールで赤痢に感染し、その後イギリスへと送還された。

療養後すぐにロンドンで初録音し、同年には自身の名前をタイトルにした1stアルバム『Bert Jansch』をリリース。1966年には『It Don’t Bother Me』『Jack Orion』『Bert and John』(ジョン・レンボーンとの共作)と立て続けに3枚のアルバムを発表している。

1967年には、後に英国トラッドフォーク界きっての名バンドとなるペンタングルを結成し、イギリスの音楽シーンに大きな功績を残す。ペンタングルの魅力と言えば、枠には収まらない多様で豊かな音楽性で、彼らがライブで見せるインプロヴィゼーション(即興演奏)は、ジャズにも匹敵するような鬼気迫るものがあった。
1973年、ペンタングルを脱退(事実上の解散)し、それからの数年間は妻や子供と共に農場生活を送っていた。1977年にはカナンドラム(Conundrum)という新たなバンドを結成してオーストラリア、日本、アメリカへと、6ヶ月かけて公演旅行をした。

しかし、バンドは1回のツアーで解散。単身アメリカに渡り、同じくイギリスから渡米したアルバート・リーと組み、アルバム『Heartbreak』(1982年)を発表。80年代に入ると、新たなメンバー構成でペンタングルを再開させる。その後もソロ名義でのアルバムをコンスタントに制作し、精力的に活動をしていたが…2009年(当時65歳)に肺に腫瘍が見つかり治療に専念。

数ヶ月後に奇跡の復活を遂げたヤンシュは、ニール・ヤングとの共同巡業を行い各地のファンを湧かせていた。そして再び体調不良を訴え、検査を受けたところ…末期癌と宣告される。晩年はロンドン北部ハムステッドにあるホスピスで過ごしていた。2011年10月5日、施設のベッドで静かに息を引き取った。


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