日本で最もよく知られたスコットランドの歌は、「蛍の光」の原曲「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」だろう。
この歌の詩を書いたのは、貧しい小作農の家に生まれて農場で働きながら詩を作ったロバート・バーンズ、スコットランドが誇る国民的詩人として知られている。
バーンズは処女詩集の序文に、「これは上流階級の優雅と怠惰の中で、田舎の生活を見下して歌う詩人の作品ではない」と、農民詩人として詩に向き合う視点と矜持を記している。
日本では唱歌として知られる「故郷の空」だが、バーンズが詩をつけた原曲の「Comin’Thro’the Rye(ライ麦畑で出会うとき)」は、ライ麦畑で出会う男女の性の営みを謳うおおらかな人間讃歌だ。
「オールド・ラング・サイン」が日本に伝わったのは明治時代の初めだが、やはり「故郷の空」と同じく原詩と意味が異なる日本語詞がつけられて、「蛍の光」という唱歌となって歌い継がれている。
卒業式などで歌われることが多かったことから別れの曲として定着したが、スコットランドでは日本と逆に、披露宴や誕生日といった祝福の席で再会を誓って歌われてきた。「Auld Lang Syne」は英語で「Old long ago」、すなわち”懐かしくて古きよき日々”を意味する。
英語圏の国々では大晦日の夜、0時に近づくと輪になって隣の人と手と手をつなぎ、前後に手を振りながら「オールド・ラング・サイン」の合唱でカウントダウンを迎える。時計の針が新年を迎えた瞬間、一斉に歓声があがって笑顔で祝福しあう。
「蛍の光」が最後に歌われるNHK紅白歌合戦を観終わった後、除夜の鐘を聞きながら静かに年を越す日本とは対照的だ。
NHKの連続テレビ小説『マッサン』の主題歌、中島みゆきの「麦の唄」はスコットランドの楽器、バグパイプの演奏から始まる。
冒頭の言葉から歌詞が「オールド・ラング・サイン」とつながっている「麦の唄」は、そこからさらに互いの歌が通じ合うかのように展開して、日本にやって来たスコットランド人の女性の人生を励まして未来を祝福する。
ここで歌われている麦は、生まれ故郷のスコットランドから日本にやって来た『マッサン』のヒロイン、シャーロット・ケイト・フォックスが演じるエリーにイメージが重なっている。
”聴こえ続ける唄”と”翼がある唄”は、スコットランドに生まれた「オールド・ラング・サイン」であり、エリーが日本語で唄う唱歌の「故郷の空」であり、そして日本に新しく生まれた「麦の唄」でもあるのだろう。
それらがお互いに共鳴してハーモニーが生まれたときこそ、「オールド・ラング・サイン」が日本の歌になったと言えるときなのかもしれない。
<ロバート・バーンズに関するもうひとつコラム、「故郷の空」についてはこちらでお読みいただけます。
・スコットランド生まれの唱歌「故郷の空」と、ドリフターズのヒット曲「誰かさんと誰かさん」>