「メケ・メケ」を日本語でカバーした丸山明宏は、1957年にシャンソンを歌い上げる美貌の青年として登場した。メディアにたびたび取り上げられた22歳の丸山明宏は、作家の三島由紀夫が「天上界の美」と絶賛したこともあって、一躍マスコミの寵児となった。
だがそんなブームは、わずか1年ほどで沈静化してしまう。自身が同性愛者である事を公表したことへのバッシングなどもあって、人気は急落してしまったのである。
「メケメケ」で成功する前からの知り合いだったジャズ・ピアニストの中村八大は、丸山明宏が美貌を看板にして売り出したことに不安を感じたという。
彼の服装や独特の言行から人々に与えた印象や、彼が意識してとった商品的ポーズは、彼が本来持っている強い音楽への愛情、又心から歌を表現出来るえらばれた歌手だと言う事を、スポイルしてしまったと思うのです。率直に云って私は、もう彼の歌はだめになる……と思いました。
しかし、もう少しで忘れ去られる所だった丸山は、長い低迷期間中に自分の心の底にある音楽を見つめ直していた。そして逆境の中で、本当の歌を探すために自分でテーマを見つけて、作詞・作曲するという道を選んでいた。
丸山は明宏は今でも主要なレパートリーとなっている「うす紫」、「金色の星」、「ヨイトマケの唄」、「ふるさとの空の下」などの作品を、コツコツと書き上げていく。
そうした活動は当時の聴衆からも、芸能界からもまったく理解を得られなかった。不遇の時代が続くなかで、吐血などの原爆症にも悩まされ始めた。
長い雌伏期間を経て27歳になった丸山が、数十曲もの作品を携えて中村八大のもとを訪ねたのは、1963年4月のことだ。
その頃の中村八大は第1回レコード大賞を獲得した「黒い花びら」(歌・水原弘)や、「上を向いて歩こう」(歌・坂本九)などの斬新な作品をヒットさせて、作曲家・プロデューサーとして日本の音楽シーンに新風を吹き込んでいた。
本当に久し振りに会って、彼が作詞作曲を沢山作り、全部自作品でリサイタルを開きたいと云うのを聞いて、私には初めは信じられない位でした。とにかく譜面を見せて貰い、彼自身に次々と唄ってもらいました。それらの作品は何らの余計な装飾もない、彼自身の心のままの詞であり曲でありました。
中村八大の助力を得た丸山が、総勢80名のオーケストラをバックに歌ったリサイタルは、1963年11月8日に東京大手町のサンケイ・ホールで開催された。
第一部は秋満義孝クインテットの伴奏、第二部は琴や尺八など和楽器の伴奏、そして第三部では総80名の中村八大ニューサウンズ・オーケストラをバックにして、丸山明宏は自分自身の作詞・作曲による21曲を歌った。
全作品を自らが書いた楽曲によるコンサートは、これが日本で最初のことだった。日本の音楽史の上で最初のシンガー・ソングライターが、その時に誕生したのである。
作家の三島由紀夫は終演後、舞台裏で「君、大成功だよ。君の歌には土の匂いがあった」と語ったという。
丸山明宏が音楽界に叩きつけた挑戦は成功し、それから2年後には「ヨイトマケの唄」がヒットして再び脚光を浴びる。
そして1968年の秋に自分の半生を綴った初の自叙伝「紫の履歴書」(大光社刊)の出版を記念して、それまでの半生の節目とした集大成とも言えるリサイタルを開いた。
その最後を飾ったのが「愛の讃歌」だった。
シャンソンの名曲として世界中で親しまれている「愛の讃歌」だが、日本では越路吹雪のマネージャーでもあった岩谷時子が訳したヴァージョンで広く知れわたっていた。
だがエディット・ピアフのオリジナルを知る者にとって、そのヴァージョンは内容があまりにかけ離れていると感じられた。なぜならば、もとのままの歌詞では日本人の感覚にそぐわないと判断した岩谷時子が、越路吹雪のために一途な愛を貫く女性の人生讃歌へと意訳していたからだ。
あなたの燃える手で あたしを抱きしめて
ただ二人だけで 生きていたいの
ただ命の限り あたしは愛したい
命の限りに あなたを愛するの
越路吹雪の「愛の讃歌」は日本人に受け入れられて、たくさんの歌手に歌い継がれてスタンダード・ソングになった。
けれどもエディット・ピアフの壮絶な生涯に深く傾倒していた丸山明宏は、そうした流れに反発して自分の書いた原詩に忠実な歌詞で、「愛の讃歌」を歌い続けていた。そして1968年の8月、中村八大のアレンジを得てレコーディングして完成させたのである。
その日本語ヴァージョンは45年の歳月を経て、連続テレビ小説「花子とアン」の中で仲間由紀恵が演じる嘉納蓮子と、中島歩が演じる宮本龍一が駆け落ちするシーンで実に効果的に使われた。そこから美輪明宏の歌詞による「愛の讃歌」が、大きな反響を巻き起こしたのだった。
本当に素晴らしい音楽は、このように発見されることで永遠の生命を得ていく。
美輪明宏『紫の履歴書』
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