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「フリー・フェスティバルの思い出」でデヴィッド・ボウイが描いた光景

2024.01.10

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1969年8月16日。
ニューヨークの郊外で開催され、伝説として語り継がれることになるウッドストック・フェスティバルが2日目を迎えたこの日、海の向こうのロンドンでもフェスが開催されていた。

デヴィッド・ボウイを中心とするアーツ・ラボ(芸術の研究室)による、ベックナム・フリー・フェスティバルだ。
翌年にボウイがリリースした2ndアルバム『スペース・オディティ』には、このフェスを題材とした「フリー・フェスティバルの思い出」が収録されている。

♪夏の終わりの子どもたち
湿った草地に集まった
僕たちの歌を歌い
ロンドンの空を満喫した


そこでは晴れ渡る空の下、音楽を楽しむ人々の姿が描かれている。
しかしそんな素晴らしいはずの一日を、ボウイはまったく楽しむことが出来なかったという。

1969年の春、ガールフレンドのもとを出ていったボウイは、新たに住む場所を探していた。
そんなときに知り合ったのが、メアリー・フィニガンというジャーナリストだ。
彼女は空いてる部屋を格安で貸してもいいと申し出てくれ、ボウイはロンドン南東の街、ベックナムで新たな生活をスタートさせる。

アーティストとしての成功をまだ掴めずにいたボウイは、この街でお金を稼ぐため、毎週日曜日に地元のパブから部屋を借りて、フォーク・セッションを始めた。

それはやがてベックナム・アーツ・ラボと名称を変え、参加する人も増えていき、音楽以外にも詩の朗読や劇、トークショウなど様々な催しが行われるようになる。
そこには音楽や芸術の世界で成功することを夢見る人たちが、あるいは成功した人たちが集まり、さながらアンディ・ウォーホルの「ファクトリー」のような場となった。

自分たちのアートを外に発信できる場所を求めていた彼らは、アーツ・ラボへの寄付も兼ねて、夏にフリー・フェスティバルの開催を企画する。

父が倒れたという連絡がボウイのもとに届いたのは、フェス開催日の2週間ほど前のことだった。
急いで病院に駆けつけると、そこで待っていたのは弱り果てた父親の姿だった。
その2日後、ボウイがスタジオでレコーディングに取り掛かっていると、今度は父が亡くなったという報せが入った。

父のジョン・ジョーンズはボウイの成功を信じて、常に背中を押してきてくれた存在だ。
ここしばらく父があまり元気ではないことはボウイも知っていたが、とはいえ、あまりに突然の訃報にボウイはショックを隠しきれなかった。

ベックナム・アーツ・ラボによるフリー・フェスティバルが開催日を迎えたのは、父の葬儀からわずか5日後のことだ。
会場では様々な催しの他、ハンドメイドのアクセサリーやサイケデリックな服、ハーブなどが販売され、屋台ではのちにボウイと結婚することになるアンジェラが忙しそうにハンバーガーを売りさばいていた。

ボウイは父の死からまだ立ち直れずにいたが、それを表に出そうとはしなかった。だが周囲の人たちからすれば、ボウイの様子がいつもと違うのは明らかだった。
フェスの主催者のひとりでもあったメアリは、このように回想している。

「フェスティヴァルのあいだ中、彼は緊張でピリピリしていました」
(『デヴィッド・ボウイ 神話の裏側』より引用)


フェス終了後にメアリらが売上を計算しているときには、ボウイは「金の亡者め!」と悪態をついて部屋を出ていったという。

果たして彼女らが儲けることしか考えず、アートをないがしろにしたからボウイは不機嫌だったのか、あるいはボウイがネガティブな心境にあったからそのように映ったのか、今となっては知る由もない。

しかし、ボウイにとってこのフェスの思い出が、歌で描かれているようなものではなかったことは確かだ。
それならば、なぜボウイはこのような歌を書いたのか。それは、開催前に思い描いていたであろう理想のフェスを、せめて歌の世界で実現させたかったからかもしれない。

♪太陽のマシンが降りてくる
そして僕らのパーティーがはじまる



2013年、このフェスの会場となった野外音楽堂が老朽化したことを受け、修復キャンペーンが行われた際にボウイは支持を表明している。
いずれにせよ、フリー・フェスティバルが開催されたこの場所は、ボウイにとって大切な場所だったようだ。


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