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パティ・スミスとチェルシーホテル〜前編

2025.01.25

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「下手クソなアート作品が壁に掛けられたエントランスホールを行き来するホテルの住民たち。ここは、スタンレー・バードが家賃代わりに押しつけられた大きな邪魔くさい品々に占拠されている。このホテルは、困難を切り抜けてなんとか生きている、あらゆるジャンルの多才な子供たちにとっては、エネルギッシュで絶望的な天国だった」

(パティ・スミス)

その“伝説のホテル”とは、マンハッタンの23th Street (23番街)沿い、7th Avenueと8th Avenueの間にある。ビートニクス、ヒッピー、詩人、ミュージシャン、ロッカー、絵描き、物書き、フォトグラファーからジャンキー、アル中、浮浪者、ボヘミアン、酔っぱらい…ありとあらゆる人種やアーティストが通過していった希有な場所だ。

ここで起きた出来事や歴史は様々な人達に語られ、綴られ、映画の舞台にもなった。1883年に建設されたが、当初は共同アパートとして使われていた。ホテルとなったのは1905年のこと。

「私の父が1940年にホテル・チェルシーを引き継いだのです」


そう語るのは、現在のこのホテルのマネージング・ディレクターを勤める、スタンレー・バード氏だ。

「父が1957年にリタイアし、私にマネジメントを教えてくれました。それ以来、50年以上に渡り私がこのホテルを管理しています。」


このチェルシー・ホテルを舞台に、数えきれない程の伝説や逸話が語り継がれ、そしてこの場所をテーマにいつくかの名曲が生まれた。

ジョニ・ミッチェルは、このホテルを題材に「チェルシー・モーニング」を紡いだ。アンディ・ウォーホルが制作した映画『チェルシー・ガールズ』のために、ルー・リードとヴェルヴェット・アンダーグラウンドのギタリストのスターリング・モリソンが、同名の曲を共作して歌姫ニコにプレゼントした。



詩人のディラン・トマス、『トム・ソーヤーの冒険』の筆者マーク・トウェイン、『2001年宇宙の旅』の作家アーサー・C・クラーク、短編小説の名手オー・ヘンリーを筆頭に、アレン・ギンズバーク、ウィリアム・バロウス、チャールズ・ブコウスキー、アーサー・ミラー、アンディ・ウォーホル、ボブ・ディラン、レナード・コーエン、ジョン・レノン、ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、クリス・クリストファーソン、イギー・ポップ、トム・ウェイツ、ジョニ・ミッチェル…彼らはチェルシーホテルの住人または長期宿泊客だった。

そして、パティ・スミスが盟友ロバート・メイプルソープと一緒に住んでいたのもこのホテルだった。

──1967年の夏、パティ・スミスは8歳の頃から育ったニュージャージーの片田舎を後にして単身ニューヨークへと旅立った。わずかな現金(16ドル)を握りしめて、何のあてもないまま…逃げるように、祈るように、そして新しい未来を求めて。

当時のアメリカと云えば、ヒッピー文化が花開き、フラワーチルドレンが闊歩した「サマー・オブ・ラヴ」の時代である。そして「スチューデントパワー」や「ブラックパワー」が吹き荒れた政治の季節でもあった。

「芸術家は自分のことを分かってくれる」という、思い込みにも近い考えがあったパティは、ランボーやディランのようなアーティストの愛人になりたいと、当時は本気で思っていた。

そうした空想を取り去り、自身も芸術家としてやってゆくことを決意させたのが、ニューヨークで出会ったロバート・メイプルソープの存在だった。パティはあるインタビューで、当時の二人の出会いをこんな風に表現している。

「それは、コルトレーンが亡くなった夏だった。フラワーチルドレンたちが手のひらを広げた夏だった。そして、私がロバート・メイプルソープに出会った夏だった。」


パティはニューヨークに着いて間もない頃、ウェイトレスや書店員などの職を転々とし、ある時はホームレス同様の極貧生活をしていた。そんなある日、泊めてもらうために知人のアパートを訪ねることにした。

ところが、その知人はすでにそこから引っ越しており、かわってそこに住んでいたのが、写真家志望の青年ロバート・メイプルソープだった。

その後、同い歳でアーティスト志望の二人は親しくなり、お互いの才能を伸ばしあうようになる。とは云え当時の彼女はランボーやディランに憧れる文学少女に過ぎなかったし、ロバートもまた、アーティスト志望の無名の若者に過ぎなかった。

そんな二人を大きく変えたのが、1970年頃から滞在(共同生活)していたチェルシーホテルでの日々だった。

「チェルシーホテルではアートと引き換えに部屋を借りられると聞いたの。私が以前パリで描いたドローイングは価値があるものだと思っていし、ロバートの写真は当時ロビーに飾られていた作品すべてを凌ぐクオリティだと確信していたわ。私とロバートは自分たちを売り込むために、バード氏のオフィスを訪ねたの」


その時、パティたちの目の前に姿を現したのがチェルシーホテルの住民ハリー・スミスだった。彼は1952年にアメリカフォーク音楽のコンピレーション『Anthology of American Folk Music』を発表した音楽プロデューサーで、後のフォークブームに大きな影響を与えたとされた人物。

ワイルドなグレーの髪、もつれたあご髭、そして好奇心いっぱいの輝く瞳は、バディ・ホリー風の黒ぶち眼鏡によって一層拡張されていた。二人を見た彼は、まるで爆撃でもするかのように次々と質問を浴びせかけてきた。

「君たちは誰? お金持ちの双子? どうして手首にリボンを巻いているの?」


パティは答えた。

「私たちスミス一族は、一度もお金持ちになったことがないわ」


続けざまに彼女は、“前向き”なアプローチでハード氏に訴えかけた。

「ロバートの写真は宿代よりも価値があるわ。担保として私たちのポートフォリオ(作品集)渡します」


ハード氏は最初懐疑的だったが…二人の入居(滞在)を許可した。握手を交わし、パティは早速部屋の鍵を受け取った。

「1017号室。チェルシーホテルに滞在するには、一週間に55ドルが必要だったわ」


10階にあるその部屋は、客室の中で最も小さな部屋だったという。壁は淡いブルーで、部屋の中心にはクリーム色のシェニール織のベッドカバーが掛かった白いメタルフレームのベッドがあった。床には色褪せたレースの敷物が布かれており、その上に白黒のポータブルテレビが置かれていた。

「ロバートと私は、それまで一度もテレビを持ったことがなかったの」


様々のアーティスト達が“たまり場”としていたこの歴史的ホテルでの数々の出会いが、アーティストとしての彼らを形作ることとなる。

中でも、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ、サルバドール・ダリ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスといった人間との交流が、二人を大いに刺激した。

パティは同じ“チェルシーの住人”でもあった(現在は俳優としても知られる)劇作家のサム・シェパードから戯曲の共作を依頼されたりして、徐々に活動を活発化させる。

1971年、アンディ・ウォーホルの初期共同制作者であるジェラルド・マランガの、セント・マークス教会での朗読会の前座として出演することとなったパティは、すでに知り合っていたギタリスト(当時はレコード屋の店員をやりながら音楽評論を書いていた)レニー・ケイのエレクトリックギターに詩を乗せてポエトリーリーディングを行い、詩人としての一歩を踏み出したのだ。

<後編に続く>

──2011年の夏、チェルシー・ホテルが創業100年を越える歴史に幕を降ろすというニュースが流れた。かねてから経営難が噂されていたが、ついにデベロッパーに買収されて実質的な閉鎖となった。全250室あるホテルには現在100名の「住民」がいて、彼らは引き続きそこに住む事が許され、新たな宿泊予約は受け付けておらず、今後は高級ホテルかマンションとして改装されるという。

<引用元・参考文献『ジャスト・キッズ』パティ・スミス (著)、にむらじゅんこ/小林薫 (翻訳) 河出書房新社>



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