1973年9月20日。バーズやフライング・ブリトー・ブラザーズで活動したグラム・パーソンズの遺体が、忽然と姿を消した。棺に入れられたパーソンズの遺体は、LAの国際空港から彼の親族が暮らすニューオリンズに向かうことになっていた。
カントリー・ロックの伝説ともなったグラム・パーソンズが、ジョシュア・ツリーのモーテル、ジョシュア・ツリー・インにチェックインしたのは、9月18日と記録されている。
ジョシュア・ツリーは、LAの空港から200マイルほど東に行ったところにある国立公園で、その面積は東京ドームの1.5倍ほどある(国立公園に制定されたのは、パーソンズの死後、1994年のことだ)。
そこには、山が、砂漠が、自然の庭がある。そしてモハーヴェ砂漠には、ジョシュア・ツリーが生息している。そして巨岩で有名なこの地は、ロッククライミングとスクランブリングの聖地とされていた。
グラム・パーソンズはロッククライミングを愛していた。そして2作目となるソロ・アルバム『グリーヴァンス・エンジェル』の制作を終えた彼は、リラックスしたかったのだろう。ロッククライミングを楽しみ、酒を飲んだ。酒を飲み、モルヒネを打った。9月19日、彼はモーテルで、帰らぬ人となっていた。
そのパーソンズが収まった棺を盗んだ男たちは、霊柩車に棺を乗せると、東に向かい、途中、バーで車を停めている。ひとりは、フィル・カウフマン。もうひとりは、マイケル・マーティンといった。ふたりは、パーソンズの友人であり、カウフマンはロード・マネージャーであった。
バーでふたりは、献杯を交わした。そして、故人が生前語っていた言葉を、実行に移すことをもう一度、確認しあった。ふたりは、ジョシュア・ツリーへと向かった。
ジョシュア・ツリー国立公園の中、車は、巨大な岩の前で停まった。岩の上には、もうひとつ、ちょこんと小さな岩が乗っている。その岩が帽子のように見えることから、そこはキャップ・ロックと呼ばれていた。
「もし、俺が死んだら。。。」
グラン・パーソンズは、そう言ったのだと、カウフマンは供述している。
「キャップロックで俺を焼いてくれ。。。」
キャップ・ロック。そこはグラン・パーソンズが生前、盟友キース・リチャーズと一晩、過ごした場所だった。ふたりは酒を飲み、歌を口ずさみ、幻覚剤ペヨーテをキメた場所だった。
以来、その場所は伝説となった。その場所では、グラン・パーソンズの霊が現れ、ギターを奏で、歌を口ずさむというのである。

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