いい音楽が流れる、こだわりの酒場を紹介していく連載「TOKYO音楽酒場」。今回訪れたのは、三軒茶屋駅から少し離れた商店街にあるバー。ビートルズの楽曲から名前をとったその店は、ミュージシャンたちも多く訪れる遊び部屋のような酒場です。
三軒茶屋駅から茶沢通りを下北沢方面へと歩く。緩やかな下り坂がちょうど終わったあたりの交差点を右に曲がると、こじんまりとした個人商店が並ぶ〈太子堂中央街〉がある。夕暮れ時は晩ごはんの食材を買い求める主婦たちが行き来するこの界隈も、夜ともなればビストロや居酒屋、ワインバーなどの灯りが点在する、もう一つの顔を見せる。商店街に入ってしばらく歩くと見える白い看板、その雑居ビルの2階で秘密基地のように営業しているのが、今回紹介する〈SUNKING〉だ。
SUNKINGのオーナー西寺阿楠(あなん)は、ミュージシャン西寺郷太(NONA REEVES)の実弟だ。2009年12月に友人の松野光紀(FREDO)とこの店をオープン(現在、松野はSUNKINGを離れ、吉祥寺QUATTRO LABOの店長を務めている)。SUNKINGは、今年12月で丸5年を迎える。
開店当初からのこだわりは、ヒューガルデンの生をはじめとするベルギービールの数々。ラフな居心地の良さのあるカウンターに腰掛けて、音楽に心地良く身体を揺らしたり(この日は伊藤陽一郎 a.k.a AKAKAGEのヒップホップMIXが流れていた)、あるいは阿楠のマシンガントークに爆笑しているうちに、ついつい酒がすすんでしまう。
「シェーカー振ってオリジナルカクテルを出してるわけでもないし、看板も小さいのを置いてるだけだから、このあたりに住んでても何のお店がわからない人も多かったかもしれない。そういう意味では、よう5年も続いたなって思います(笑)」(西寺阿楠)
「店の雰囲気はよく部屋みたいとか、部室っぽいとか言われますね。実際、営業時間終わってから、飲みに来ていた仲間と朝まで大富豪したりウイイレやったりしてたなあ。お客さんより俺の方が酔っぱらってることもたまにありましたからね。あと、店で野球チームも持ってるんで、それを通じたつながりもありますね。実は今朝もピエール瀧さん率いる〈ピエール学園〉と試合してきたんです(笑)」(西寺阿楠)
音楽好きのお客さんはもちろん、ミュージシャンやクリエイターも多く訪れるこの店。名前を挙げていったらキリがないが、あのジャクソンズのティト・ジャクソンも来たというから驚きだ。
この店で生まれたつながりが、様々なカタチで実を結ぶことも多い。たとえば店の周年パーティとしてスタートした〈SUNKING ON THE BLOCK〉は、NONA REEVESの盟友であり、阿楠の友人でもある和田唱(TRICERATOPS)は、その縁もあって初回からイベントに参加。回を重ね、ついにはリキッドルームでNONA REEVESとTRICERATOPSの2マンライブを行うほど大きなイベントとして成長した。
取材当日、打ち合わせも兼ねてたまたま店に飲みに来ていた西寺郷太も、SUNKINGでの思い出を語ってくれた。
「店がオープンしたのが、ちょうどラジオのレギュラーを持ったり、マイケル・ジャクソンが亡くなって、彼についての本を出版した時期と重なったこともあって、ここで仕事のミーティングもよくしてましたね。阿楠の店ではあるけど、ある意味では俺にとっても自分の部屋が拡張されたような感じもあって。俺に会いたいっていうクリエイターが、最初にここに来てくれるってことも多かったし、それで決まった仕事もいくつかあった。最近だったら、俺と堂島孝平くんでやってる〈SMALL BOYS〉っていうユニットに藤井隆さんが新たに加入するのも、ここで決まりましたからね」(西寺郷太)
SUNKINGのイベント・ポスターをはじめ、店のグッズデザインも手がけてきたデザイナーのKINK(ALPHAVILLE)もこう語る。
「自分の場合は、仕事と遊びを兼ねた場所でしたね。仕事の打ち合わせもありつつ、終わったらそのまま飲んで……飲みながらあれこれ話しているうちにいろんな刺激をもらえる、インスパイアにあふれた場所っていうか。そこで得たものが、普段の仕事にもフィードバックしたりもあったので、SUNKINGは自分にとってはかけがえのない存在でした」(KINK)
SUNKINGを語る上で外せないのが、Twitterの存在だ。店がオープンした2009年末から1年ほどは、スマホの普及とともにTwitterの利用者が急増しはじめた時期と重なる。店に飲みに来たミュージシャンが「サンキングなう」と呟くと、それを観た仲間のミュージシャンやファンもそこに乗っかって店に集いはじめる。
「朝4時、5時ぐらいになったら、ツイートを見て集まった人たちで満員になってたなんてこともありましたね。タイムライン上に見えてるものって、本当にあるのかどうかもわからない部分って多いと思うんですけど、この店には実際に〈現場〉として存在していた。そんな非日常に近い日常みたいな感覚が面白かったし、日々そういう状況が起こってた」(KINK)
「店には来たことがないけど、誰かのツイートでSUNKINGっていう名前は聞いたことがあるという人も多かったし。SNSを通じて、店の存在が多くの人に知られていった実感はありますね」(西寺阿楠)
ミュージシャンやクリエイター、そしてそれらを享受する受け手が自由に交流し合い、ひとつの潮流を生んでいったSUNKING。開店から5年近く経った現在も、多くの音楽好きで連日にぎわっているのだが、実は12月6日をもってクローズすることが決まった。その理由はオーナーである西寺阿楠が実家の寺を継ぐため、住職としての研修期間に入るからだそう。
「今年入って、父から実家の寺の後継住職になってほしいという話が正式にあって、自分なりに考えて決断しました。研修が終わって僧侶になってから、もしかしたらまた店をはじめるかもしれないけど、何年か後に戻ってきますってフェードアウトするよりは、一旦ここで終わらせたいなって気持ちも強かった」(西寺阿楠)
「青春っていろんな形があって、中学・高校・大学、あと社会人になってからもずっと地続きではあるけど、SUNKINGがあった5年間っていうのは、自分にとってもひとつの忘れられへん時代やったなって思います。阿楠とは兄弟やけど、また違った形のユニットみたいな感覚もありましたからね」(西寺郷太)
「もともと俺は28歳ぐらいまで大学行ってた、言うたらニートみたいなもんだったんです。でも、結婚することになってちゃんと仕事せなってことになって、だけどそのまますぐに寺を継ぐんじゃなく、もう少し東京で面白いことをやりたいと思ってはじめたのが〈SUNKING〉だった。この5年間は本当に楽しかったですし、確実に自分にとっての糧にもなりましたね」(西寺阿楠)
実店舗は一旦ここで閉店するが、店の名を冠したイベントは、これからも不定期で開催していくという。多くの人たちの笑顔と想いをつないでいったHUBとしての〈SUNKING〉は、これからもずっと存在し続けることだろう。そして、阿楠が無事研修を終えたあかつきには、ナイスなミュージックが流れる僧侶バーとして復活したらいいんじゃないか? などと、4杯目のベルギービールを飲みながら妄想してみたりもする。
撮影/相澤心也
SUNKING
東京都世田谷区太子堂2−22−9 中野ビル2F
TEL 03-6450-7745
OPEN 21:00〜3:00 日曜・第三月曜定休
*2014年12月6日をもって店舗の営業を終了しました。
SUNKING Twitter
TBSラジオ presents
SUNKING ON THE BLOCK
2015年2月6日(金)東京・赤坂BLITZ
LIVE:NONA REEVES/DEPAPEPE
詳細 http://www.nonareeves.com/live_event.html