『ビギナーズ』(Absolute Beginners/1986)
「ティーンエイジャー」という概念が誕生したのは1950年代のアメリカだと言われている。それまでは「大人か子供か」の選択肢しかなかった中、親世代への反抗意識を持った若者としてのあり方。そんな特定の年齢層が象徴となって浮かび上がった時、「ティーンエイジャー」は輝き始めた。そして少年少女たちのサウンドトラックは言うまでもなく、同時期に生まれたロックンロールだった。
しかし、50年代後半にはロックンロールは勢いを失ってしまう。エルヴィスは陸軍に徴兵され、ジェリー・リー・ルイスは13歳の従妹と結婚していることが発覚。バティ・ホリーは飛行機事故で亡くなり、チャック・ベリーは14歳の少女とのスキャンダルで告発される。事故に遭遇したリトル・リチャードは伝道師になるために引退し、エディ・コクランは自動車事故で他界、同乗していたジーン・ヴィンセントも重傷。アメリカでのロックンロールとティーンエイジの宴はひとまず終わりを告げた。
映画『ビギナーズ』(Absolute Beginners/1986)は、そんな時代のロンドンの「ティーンエイジャー」の姿を描いた作品。アメリカの影響を受けたイギリスでは、まさにこれから少年少女たちの時代が始まろうとしていた頃。来たるべき60年代のスウィンギング・ロンドンへの出発点だった。原作は1959年に刊行された同名のカルト小説で、著者のコリン・マッキネスは「怒れる若者たち(Angry Young Men)」と呼ばれた作家の一人。
物語は1958年の異常に暑いロンドンの夏、可能性に溢れた若者たちの溜まり場ソーホーが舞台。夢と希望を抱いた仲間たちが集まって情熱的な夜が綴られていく。駆け出しカメラマンのコリン(エディ・オコーネル)とファッションデザイナー志望のスゼット(パッツィ・ケンジット)もそんな光景にいるカップル。コリンは下町ノッティング・ヒルでジャズ・ミュージシャンで黒人のミスター・クールたちと一緒に住んでいる。
しかし、二人のロマンスもやがて搾取と金儲けにまみれた大人たちの企みによって引き裂かれてしまう。スゼットは大物デザイナーと結婚。落胆するコリンに「キミを成功の世界へ導こう」と声を掛けてくる謎の男(デヴィッド・ボウイ)。コリンは売れっ子カメラマンとなって華やかな毎日を送るが、心はどこか虚しかった。そんな中、ノッティング・ヒルの再開発を名目にファシストたちが黒人住民たちを強引に追い出そうとしていた。そして遂に暴動が起こる。コリンとスゼットの運命は?
作品自体は、映画やミュージカルよりは「108分間のプロモーションビデオ」といった雰囲気。それもそのはず、監督はセックス・ピストルズの映画やMTVで売れっ子だったビデオ・ディレクター、ジュリアン・テンプル。
1950年代半ば以降、イギリスにもアメリカや黒人の影響で音楽やダンスが入ってきたんだ。ティーンエイジャーも自分たちのお金を持てるようになり、文化が形成されていった。作品は1958年を舞台にしているけど、同時に1986年のロンドンでもあるんだ。
英国情緒漂う『ビギナーズ』は話題満載で、当時の日本でも取り上げるメディアは少なくなかった。出演者もイギリスのミュージシャンが起用され、前出のデヴィッド・ボウイ、キンクスのレイ・デイヴィス、シャーデー・アデュ、そして「ブリジッド・バルドーの再来」と騒がれたエイス・ワンダーのパッツィ・ケンジットらが登場。
また、ロックンロール支持のテディボーイ(テッズ)に代わって、モダンジャズやR&Bを愛し、細身の三つボタンスーツにスクーターのヴェスパに乗ったモダニスト(モッズ)の台頭が描かれていて、後に革命を巻き起こすことになるミニスカート姿も含めてそのファッション性やロンドン発の若者風俗が注目された。
サウンドトラックには、オープニングとエンディングで流れるボウイのタイトル曲、シャーデーがクラブで歌う「Killer Blow」のほか、スタイル・カウンシルやワーキング・ウィークなどジャズやソウルの血が流れた、暑い夜のためのクールな楽曲がラインナップされている。
シャーデーが歌うシーンはこの映画のハイライトの一つ
『ビギナーズ』
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*日本公開時のチラシ
*参考・引用/『ビギナーズ』パンフレット
*このコラムは2014年11月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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