ロックとブルースを基調にした男女二人組のロック・ユニット、GLIM SPANKY(グリムスパンキー)が、NHKホールで10月12日に開催された「The Covers’ Fes 2017」で、松田聖子のヒット曲として知られる「ガラスの林檎」をカヴァーした。
その歌と演奏を聴いた観客のなかからは、「なぜか、はっぴいえんどの幻影が立ちのぼってきた」という感想もあったという。
はっぴいえんどのドラムだった松本隆が作詞した「ガラスの林檎たち」は、朋友の細野晴臣が作曲と編曲を手がけて1983年に発表された作品である。
デビューから3年半、トップアイドルだった松田聖子の14枚目のシングルとして発売された「ガラスの林檎」は、8月15日付のシングルチャートで1位を獲得した。
12曲連続で1位になったこのシングルのB面だったのが、後に名曲と呼ばれる「SWEET MEMORIES」だった。それがテレビCMによって反響を呼んだことから、10月20日には両A面のシングルが新しいジャケットで発売された。
そして、10月31日付のチャートで再び、このシングル盤は1位に返り咲いたのだ。
はっぴいえんど時代から細野は自分のアルバムのほかに、プロデューサーとして金延幸子のアルバム『み空』、小坂忠のアルバム『ほうろう』、西岡恭蔵のアルバム『街行き村行き』など、同時代のアーティストの作品を手がけていた。
そんな細野が作曲家として注目されるきっかけとなったのは、アメリカの黒人女性コーラス・グループのスリー・ディグリーズが1974年の夏に来日したとき、松本と一緒につくった「ミッドナイト・トレイン」だった。
これが日本でレコーディングされて10月に発売になり、小規模ながらもヒットしたことから細野にも、歌謡曲の世界から作曲の仕事が入るようになった。自分の音楽活動とは別のフィールドだと思っていた歌謡曲を頼まれて、細野は新鮮な体験だと思って引き受けてみた。
しかし、和田アキ子に「見えない世界」というR&B調の楽曲を書いたが、さほどのヒットにはならずに終わってしまう。いしだあゆみのアルバムにも曲を提供してみたが、歌謡曲というものに対してまだ明確な姿勢ができていないことを痛感し、しばらく距離を置くことにした。
再び細野が歌謡曲を手がけるのは1981年に入ってからのことで、イモ欽トリオに提供した「ハイスクールララバイ」が最初だった。その話を持ちかけきたのはもちろん、歌謡曲の世界で確固たる地位を築いていた作詞家の松本である。
はっぴいえんど解散後もメンバーたちの動向を気にかけていた松本は、自分の範疇だった歌謡界でも一緒に仕事しようとした。しかし、1970年代はまだみんな無名に近かったし、歌謡曲に対しても斜めに構えて距離を置いていたので実現しなかった。
それが1979年にYMOが大きくブレイクしたことによって、歌謡曲への考え方に変化が訪れたという。

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細野は後に、こう語っている。
「YMOが売れたことで、もう歌謡曲をやっても平気になったんだ。ぼくは、いつも何年早いとか言われてたわけ。でも、何年か早いということは、やっぱり売れないっていうのと同じことだからね。時代の先を行ってたって、別に意味なんてないわけだよね、いつまでも時代と並行していたんじゃしょうがないの。だいたい、どんな音楽家でも、時代とその人の交差点があるんだよ」
テレビの人気番組『欽ちゃんのドンといってみよう!』のビデオと彼らの歌声の資料を参考にして、細野はわずか30分余りで「ハイスクールララバイ」をつくってしまったという。そしてこの曲は細野が書いた曲としては、初めてシングルチャートで1位となった。
大滝詠一も同じ頃に、松本隆が作詞を担当したアルバム『ア・ロング・バケイション』を発表、社会現象を起こすほどの大ヒットを記録して、まさに時代との交差点を渡ったところだった。
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松本隆はそのときまで、古くからのしがらみや制約が多い歌謡曲という世界で、新しいポップスのフィールドを作り出そうとしてきた。そこに細野と大滝が現れたことによって、プロデューサー的な立場から、ハイレベルのポップスを誕生させていくことになる。
したがって松田聖子の「風立ちぬ」や「ガラスの林檎」には、日本語のロックの先駆者だったはっぴいえんどの革新性や実験精神が、昇華される形で息づいてたのだ。
「ガラスの林檎」に内包されていた革新性や実験精神を、GLIM SPANKYは若々しいエネルギーとサイケデリック・サウンドによって、もう一度高らかに鳴らしてくれる。
10月8日に新宿文化センターで開かれたベルウッド・レコード45周年記念コンサートでも、彼らははっぴいえんどの「はいからはくち」をカヴァーし、原曲のロック色を全開にしてみせたという。
(注)GLIM SPANKYの「ガラスの林檎」は、10月27日(金) の22:00~23:29にオンエアされるBSスペシャル「The Covers’Fes.2017」で視聴できます。
〈参考文献〉前田 祥丈(著)「音楽王 細野晴臣物語」(シンコーミュージック)。文中の細野晴臣氏の発言は同書からの引用です。
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