「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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追悼・橋本治~仮面をつけることを知らない山口百恵によって「ひと夏の経験」で表明されたもの

1974年の夏に「ひと夏の経験」が発表されると、オリコンのチャートでは最高3位になり、デビュー1年目にして山口百恵にとって最大のヒットとなった。 その一方で「歌…

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GSブームに先鞭をつける和製ポップス第1号、「涙の太陽」は洋楽評論家だった湯川れい子の作詞家デビュー作

1965年4月20日に発売された「涙の太陽」は歌詞がすべて英語、その年から本格化したエレキ・ブームにふさわしいサウンドで大ヒットした。 歌ったのは「エミー・ジャ…

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「涙のリクエスト」は「夏のクラクション」と同じDNAを持って別々の惑星で生まれた双生児

1983年9月21日にデビューする予定だったバンド、チェッカーズのために、作詞家の売野雅勇が「涙のリクエスト」を書いたのは4月の中旬であったという。 それは奇し…

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追悼・西部邁~歌謡曲を心から愛した素朴な先生が口ずさんでいた仲宗根美樹の「川は流れる」

小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅から南に歩いて3~4分のところに、西部邁さんが常連として通った小さなバーがある。名前は「Rose(ローズ)」。地元の常連のほかに音楽関係…

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「ルージュの伝言」〜エリザベス・テーラーが主演した映画の残像からユーミンがイメージした物語

松任谷由実は、3枚目のアルバム『コバルト・アワー』について、それまでとは発想を変えて作ったと語っている。 私小説というコンセプトに基づいていて作られたファースト…

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「スーパー中学生だったんです」というユーミンが作詞作曲した「恋のスーパーパラシューター」

東京・八王子の「荒井呉服店」の次女として生まれた荒井由実(ユーミン)は、音楽が大好きな赤ちゃんだった。おむつを付けている頃からマンボを踊って可愛がられ、小学生に…

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「翳りゆく部屋」~ユーミンが好きだったプロコル・ハルムのアルバム『ソルティドッグ』とのつながり

「翳りゆく部屋」は、ユーミンが結婚して松任谷由実になる前、荒井由実の名義で1976年3月5日に発売された最後のシングルだ。 ただし、本人の弁によればもっとずっと…

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むつひろしと浅川マキのソングライティングによる「ちっちゃな時から」

2015年にオネストジョンというイギリスのレーベルから、アルバム『MAKI ASAKAWA』が発売になった。この浅川マキのUK盤を企画して発売にこぎつけたのは、…

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浅川マキと寺山修司~美空ひばりが大好きだったことと、詩人であることが共通していた二人

寺山修司が知人の音楽プロデューサーだった寺本幸司に誘われて、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』に出かけたのは、1968年の秋口のことである。 その頃の浅川マキ…

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歌でつながっているアメリカ合衆国で唄いつがれるスティーブン・フォスターの「故郷の人々」

アメリカ合衆国は、歌でつながっている国だと言ってもいい。 市や町や地域のコミュニティを構成する人々は多種多様だ。 それぞれのコミュニティにとってのアメリカがあり…

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フォスターが書いたアメリカに伝わる究極の哀歌が21世紀になって歌われ始めたのは何故か?

近年になって、世界でも日本でも様々なシンガーによって歌われているのが、「ハード・タイムス(Hard Times Comes Again No More)」である…

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伝説のロック番組『ヤング・ミュージック・ショー』に残されたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」

デヴィッド・ボウイの来日コンサートが1978年12月12日、東京の渋谷区神南にあるNHKホールで行われた。 その日は12月6日の大阪厚生年金会館から始まった日本…

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