「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

「狼なんか怖くない」~阿久悠がピンク・レディーの「S・O・S」から発展させて書いた石野真子のデビュー曲

伝説のオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に出場した石野真子は高得点で合格、1978年3月25日に「狼なんか怖くない」でデビューすることになった。…

TAP the SONG

2014年になって日本でも聴くことができるようになったモップスの「ブラインド・バード」

1967年11月5日に「朝まで待てない」でデビューしたザ・モップスは、日本で最初にサイケデリック・サウンドを打ち出したバンドだ。 モップスはは1980年代になっ…

TAP the SONG

追悼・森山加代子の華やかな復活~「白い蝶のサンバ」を書いて強く推した阿久悠のカムバック・ソング論

打ちひしがれた人が希望を取り戻して、元気に立ち上がれるようになるには、どんな歌が必要とされているのか…? そんな作詞家の思いを象徴するような歌として生まれたのが…

Extra便

沢田研二が27歳で挑んだ歴史的な『セブンスターショー』の映像

テレビドラマのヒットメーカーとして知られていたTBSの演出家でプロデューサーの久世光彦は、グループ・サウンズのタイガースからソロになって成功した沢田研二にすっか…

TAP the SONG

「津軽海峡・冬景色」~なぜ日本の歌の主人公は北へ北へと目指すのか?

覚えやすいことが必要な歌謡曲では、まず印象的なイントロのアタックが重要だ。 そして歌詞においては歌い出しの一行が勝負である。 「津軽海峡・冬景色」はわずか一行で…

TAP the SONG

これが21世紀の歌謡曲~サカナクションの「新宝島」から伝わってくる微妙なる衝撃

1954年の夏、春日八郎の「お富さん」が爆発的にヒットした時に、兵庫県の淡路島で受験勉強をしていた阿久悠は、こんなふうに歌が届いたことに驚いたと述べている。 こ…

Extra便

小学生の頃から憧れていた小林旭のために、大瀧詠一が渾身の力を振り絞って作曲した「熱き心に」

大瀧詠一は長い間、自分がミュージシャンになったのは、「エルヴィス・プレスリーに憧れて、ロック・ミュージックに興味を持ったから」だと思い込んでいたという。 だが、…

Extra便

サイケデリック・カルチャーとともに奏でられるGLIM SPANKYの「風穴を開けたい」という思い

1960年から始まったベトナム戦争では、武力介入したアメリカ軍が泥沼化した状態を打開するために、1965年から北爆を行うようになった。 そこで後方支援の役割を担…

TAP the SONG

日吉ミミが”ヨノナカバカナノヨ”と歌った回文による歌謡曲~「世迷い言」

日吉ミミの「世迷い言」は、昔から伝わってきた「タケヤブヤケタ(竹藪焼けた)」「タイヤキヤイタ(たい焼き焼いた)」などの回文を使った歌謡曲で、テレビドラマの挿入歌…

Extra便

2006年の夏に「誰が歌謡曲を殺したか」という、遺言のようなエッセイを発表した阿久悠

2006年7月1日、東京新聞にひとつのエッセイが掲載された。 タイトルは「誰が歌謡曲を殺したか」という、いささか刺激的なものだった。これを書いたのは作詞家の阿久…

TAP the SONG

坂本九の「上を向いて歩こう」に慰められて大量の涙を流した無名時代の阿久悠

中村八大と永六輔コンビの書き下ろしによる「上を向いて歩こう」が、坂本九によって最初に唄われたのは1961年7月21日、「第3回中村八大リサイタル」のなかでのこと…

TAP the BOOK

待ち望んでいた宝物のようなデータブック「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年完全保存版」

「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年、生誕80年 完全保存版」というデータブックには、ヒットしたシングル曲のみならず、まったく売れなかったシングル曲のジャケットま…

Album Sweet で体験する

この記事から — Album Sweet でアーティストとアルバムをもっと楽しもう

Pagetop ↑

トップページへ