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坂本九の「上を向いて歩こう」に慰められて大量の涙を流した無名時代の阿久悠

2024.07.31

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中村八大と永六輔コンビの書き下ろしによる「上を向いて歩こう」が、坂本九によって最初に唄われたのは1961年7月21日、「第3回中村八大リサイタル」のなかでのことだった。それがレコードになって10月15日に発売されると、たちまちラジオやテレビを通じて大ヒットした。

ちょうどその時にアメリカではレイ・チャールズの「旅立てジャック」が、10月9日と16日に全米チャート1位になったところだ。

この曲はレイと女性コーラス隊のレイレッツが繰り広げる、口げんかのような掛け合いの面白さがヒットした要因のひとつだ。ダメな男に愛想を尽かした女の怒りを描いた歌詞だったので、「No More」が繰り返される女性コーラスの口調は辛辣である。

(女)さあ出てって! ジャック もう二度と戻ってこないで 
もう二度と もう二度と もう二度と
さあ出てって!ジャック もう二度と戻ってこないで


しかし情けないレイ・チャールズの渋い歌声からは、どことなくユーモラスさな温かさがにじみ出てきた。よくできた歌というものはこのようにして、ときおり不思議な力を発揮することがある。

「旅立てジャック」という日本語のタイトルは、原題と無関係につけられたものだ。しかしそのおかげで、この歌から元気をもらえると思ったリスナーが多かったという。「早く自立して旅立ちなさい」という励ましの歌だと、多くの日本人が曲調から誤解してしまったらしい。

言葉が理解できなくて起こる誤解だったが、ポップスが世界に広まっていく上では、こうした誤解も時には強みになったりする。

その頃の阿久悠は大学を卒業して社会人になって3年目だったが、過労から発症した黄疸の症状に苦しみながら下宿でひとり、心細い思いで過ごしていたという。

そこにラジオから流れてきたのが「旅立てジャック」と「上を向いて歩こう」だったと著書に記している。

ちょうどその頃、過労と栄養不良が重なって黄疸になった。医者行って症状を説明すると、「あんた、そりゃあ、つわりと同じことだよ」と笑われ、「つまるところ、お粥とシジミ汁かな」と肝臓の機能不全であることを告げられた。間借りの一人暮らしで、お粥とシジミ汁なんてことがいちばん厄介なのだが、お世話になっていた家の人に親切にされ、毎食それを作ってもらい、部屋で寝ているうちに、病名通りに真黄色になった。

驚いたのは、シーツに黄色い人の形ができていたことで、何とも情けなく、これで未来もかき消えるかぐらいに落胆していたが、そんな時、妙に数多くラジオで聞き、慰められた歌が、レイ・チャールズの「旅立てジャック」と坂本九の「上を向いて歩こう」であった。


その一方では坂本九の「上を向いて歩こう」を聴いたことで、大量の涙を流したということについて、このように述べていた。

涙がこぼれないようにと言われるのだが、わけ知らず大量の涙を流したことを覚えている。独身者には病気がいちばんこたえる。体を患うだけではなく、荒野に投げ出された気分になるのである。ましてや、将来を決しかねている時代であるから尚更心細かった。


阿久悠はこのエピソードの最後に独特だった坂本九の唄い方について、このような解釈を付け加えている。

ウエヲ ムフイテ アルコホホホ ナミダガ コボレナイヨホホホニ
坂本九の歌はそんなふうに聞こえる。ヒトオリ ポホチノヨル……。
どうやらそれに、つまり、アルコホホホ……にぼくは励まされたようである。
ストレートな感傷なら、どう感じたかわからない。


歌が内包している不思議な力に反応しながらも、それを音楽としてに客観的に受容できるところが、阿久悠という表現者の持つ類まれなる能力につながっている。

(注)阿久悠氏の発言はすべて、阿久悠著「愛すべき名歌たちー私的歌謡曲史―」(岩波新書)からの引用です。


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