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TAP the POP

佐藤 剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
現在はRomancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載中。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe

佐藤 剛 が最近聴いてるアルバム

佐藤 剛 の記事一覧

TAP the STORY

ローリング・ストーンズを作った男、ブライアン・ジョーンズの死を悼んだ追憶のハイドパーク

ロンドン中心部に位置するハイド・パークに1969年7月5日、全英中から25万人以上もの若者が集まってきた。 その日はローリング・ストーンズにとって丸2年ぶりとな…

Extra便

ビートルズ来日公演~観客席の少年少女たちには確かに届いていた音楽

ファン待望のビートルズ来日公演の初日。 コンサートは1966年6月30日午後7時35分に始まり、8時5分に終了した。 ビートルズはアンコールもなく、楽屋口に用意…

Extra便

再起不能と心配された美空ひばりが復帰作「みだれ髪」のレコーディングで見せた女王の矜持

1987年3月のはじめ、作詞家の星野哲郎は常磐線の特急「ひたち3号」に乗って、福島県いわき市にある塩屋岬へ向かった。 長期入院を余儀なくされていたひばりが退院し…

TAP the STORY

美空ひばりが芸の道に生きると、あらためて決意した27歳の夏

美空ひばりはまだ小学生だった9歳のときから豆歌手として舞台に立って歌い、10歳で早くも映画『のど自慢狂時代』に初出演している。 コロムビアから「河童ブギウギ」を…

TAP the SONG

ブラジルの貧民街とアメリカの刑務所で撮影されたマイケル・ジャクソンのショート・フィルム

1995年のアルバム『ヒストリー』に収録された「They don’t care about us(彼らは僕らのことなんて考えちゃいない)」は、妥協を許さない表現…

TAP the SONG

「メンバーズ・オンリー」っていう歌を聴いたら誰だって泣くはずだ。ボビー・ブルー・ブランドがまた歌っている。

黒人の聴衆に向けた全国巡業、いわゆるチタリン・サーキットの帝王として君臨したシンガーにボビー・ブランド、またの名をボビー・ブルー・ブランドがいる。 ゴスペル、R…

Extra便

「混ぜこぜにしちゃえばいいじゃん?」という発想から生まれたシンディ・ローパーの名曲

シンディ・ローパーが1983年に最初のソロ・アルバムを作ったのは、フィラデルフィアの北西部、ポコノ山脈の麓にあるマネイアンクという町にあるスタジオだった。 フィ…

TAP the SONG

多くの日本人が忘れていた「忘れないわ」を縁があって歌い継いだシンディ・ローパー

「けっしてあなたのことを忘れない」という意味を持つ日本語の歌に、シンディ・ローパーが最初に出会ったのは1982年のことだった。 ブルーエンジェルというバンドでデ…

TAP the STORY

早く前を歩いていたのに遅咲きになり、そこから成功したシンディ・ローパー

シンディ・ローパーは1953年6月22日、ニューヨークのブルックリンに生まれた都会っ子だった。 だが5歳の時に両親が離婚したことで、母親や姉、弟たちと郊外のクィ…

TAP the SONG

追悼・千家和也~15歳にして山口百恵が独自の表現に至った「ひと夏の経験」

デビュー作の「としごろ」から山口百恵のシングルを作曲してきた都倉俊一は、「青い果実」に続いて「禁じられた遊び」、「春風のいたずら」と、作詞家の千家和也とのコンビ…

TAP the SONG

追悼・千家和也~14歳にして「青い果実」を唄った山口百恵を新しい表現へと導いた作詞家

1973年9月1日に発売された山口百恵のセカンド・シングル「青い果実」が、一気にベストテンを狙えるほどのヒットになったのは、サビから始まる楽曲の歌詞とリズム、メ…

TAP the DAY

大瀧詠一が後進のために残した貴重な財産~ラジオ番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ』

はっぴいえんどのメンバーとしてプロデビューする大瀧詠一は、バッファロー・スプリングフィールドの音楽がきっかけで、細野晴臣と松本隆との出会いがあって1969年の秋…

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