「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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中島みゆき「時代」②~ヤマハ音楽振興会の創始者だった恩人に捧げる言葉「DAD 川上源一」

第6回世界歌謡祭の舞台でグランプリを受賞して「時代」を歌う際に、中島みゆきはオーケストラの伴奏を制して自分のギター一本でうたった。 そこには自分を発掘してくれた…

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中島みゆき「時代」①~初めて会った日にノートにメモした言葉「もう一人の私」

中島みゆきが「時代」を歌って世界歌謡祭のグランプリを獲得したのは、1975年11月16日夜のことだった。 筆者はそのニュースは翌17日の月曜日、ミュージック・ラ…

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「過去、一度たりとて音楽を制作する側がヒットを作ったことなんてないんだ」~大瀧詠一

”歌謡曲の生みの親”と目されている作曲家の中山晋平と、”最高のポップス職人”を目指して生涯を全うした大瀧詠一が、実は同じ命日だったということに最近気がついた。 …

夢で逢えたら

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大瀧詠一の「夢で逢えたら」が日本有数のスタンダード・ナンバーに至るまでの道のり

数多くのヒット曲を残した大瀧詠一の作品の中でも、広くカバーされてスタンダードになったという意味では、「夢で逢えたら」が代表曲に挙げられる。 この歌が誕生したのは…

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デビュー時にローリング・ストーンズから解雇された男~イアン・スチュワートの果たした偉大なる貢献

1962年10月から12月まで、キース・リチャーズとブライアン・ジョーンズは毎日8時間以上もレコードを聴いて、それを自分たちの楽器演奏で再現させようとしていた。…

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トリックスターとなった小説家、野坂昭如のために作られた「マリリン・モンロー・ノーリターン」

コマーシャルソングの祖とされる三木鶏郎門下でキャリアをスタートさせた桜井順は、今でも使われ続けている「お正月を写そう」(富士フィルム)を筆頭に、「ブタブタ子ブタ…

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ボサノヴァで「イパネマの娘」を作った音楽家のアントニオ・カルロス・ジョビン

ブラジルで最も偉大な音楽家として愛されてきたアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム・ジョビン)は、1994年12月8日に心不全のためニューヨークで死去した。6…

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ジョン・レノンの直感がもたらしたレコーディング技術によって完成した「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」

1966年の9月初旬からビートルズのメンバーはソロ・プロジェクトに挑戦しはじめたので、滅多に顔をあわせることがなかった。 しかし再集結して新しいアルバムのレコー…

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追悼・岡本おさみ① 詩集『ビートルズが教えてくれた』から生まれた森進一の「襟裳岬」

ビクターレコードの創立50周年を記念する企画で、フォークソング・ブームを巻き起こしていたシンガー・ソングライターの吉田拓郎と作詞家の岡本おさみのコンビよって、若…

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T・レックスの初来日公演時に日本でレコーディングされた「20センチュリー・ボーイ」

1968年の秋から東芝音楽工業の洋楽部に配属された新入社員の石坂敬一は、アシスタント・ディレクターとして仕事を始めたとき、まずは印象に残る日本語のタイトル、邦題…

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自衛隊の市ヶ谷駐屯地で自決を遂げた日に三島由紀夫が歌った「唐獅子牡丹」

三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地において東部方面総監室を占拠し、憲法改正のために自衛隊の決起を呼びかけた後で、覚悟の自決を遂げたのは1970年11月25日のこと…

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りりィが17歳の時に初めて書いた歌~「愛」に込められた孤独な少女の叫び

りりィのプロデューサーだった寺本幸司が、日本で最初のインデペンデント・レーベル「アビオン・レコード」の設立を企画したのは1966年のことだった。 その時期にゴス…

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