「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

鈴木茂のギターで記念碑的な名曲となった、はっぴいえんど「12月の雨の日」

「12月の雨の日」は、作詞・松本隆、作曲・大瀧詠一。その後の日本の音楽シーンに一時代を築いていく二人の表現者が、まだ20歳を過ぎたばかりの若かりし頃、出会い頭に…

TAP the SONG

坂本九の「上を向いて歩こう」に慰められて大量の涙を流した無名時代の阿久悠

中村八大と永六輔コンビの書き下ろしによる「上を向いて歩こう」が、坂本九によって最初に唄われたのは1961年7月21日、「第3回中村八大リサイタル」のなかでのこと…

TAP the SONG

”阿久悠は新時代の旗手になる!”と小西良太郎に言わせた歌「ざんげの値打ちもない」

1967年の2月にザ・タイガースがデビューしたときから、日本では空前のグループ・サウンズ(GS)のブームが爆発した。 前年の夏にビートルズの来日公演が行われる前…

TAP the SONG

「阿久悠は新時代の旗手になる!」と、ひとりの新聞記者の心を昂らせた歌

目立たない新人歌手だった北原ミレイのレコードを試聴していたスポーツニッポンの音楽記者、小西良太郎は歌い出しから驚き、最後まで聴き終わると小躍りするほどに心が昂っ…

TAP the SONG

あの感傷的で美しいスタンダート・ソング‥‥「ビギン・ザ・ビギン」

1935年。ミュージカルの楽曲を書き下ろしていたアメリカのソングライター、コ-ル・ポーターは、当時パリで流行していたダンスのビギン=beguineと、英語のビギ…

TAP the SONG

山川啓介~矢沢永吉に「チャイナタウン」をひとり往くハードボイルドな男を見た作詞家

キャロルが解散した1975年の秋に発表された矢沢の1stアルバム『I LOVE YOU、OK』は、かつてのファンの間では賛否両論を巻き起こした。 粗削りながらも…

TAP the SONG

ジャックスから岡林信康に受け継がれていった「ラブ・ジェネレーション」とロック・スピリッツ

関西フォークの発信元となったインディーズのURCレコードで、ジャックス解散後に契約ディレクターとして働き始めた早川義夫は、1969年の晩秋にソロ・アルバム「かっ…

TAP the SONG

中森明菜によって新たな生命を吹き込まれた加藤登紀子の「難破船」

「難破船」は加藤登紀子が1984年12月1日にリリースしたアルバム『最後のダンスパーティー』の収録曲で、発表当時はアナログ盤のA面2曲目であった。 40歳を迎え…

TAP the SONG

石原裕次郎に頼まれて浜口庫之助が作った「夜霧よ今夜も有難う」

1966年に山中湖畔のゴルフ場で、作曲家の浜口庫之助が石原裕次郎と会ったのは、まったく偶然のことだった。 浜口はその日、山梨県警の本部長と公正取引き委員会の知人…

TAP the SONG

「銀河一のアイドルのデビュー曲を作ってください」と菅野よう子からオファーされた松本隆

松本隆トリビュートアルバム『風待ちであひませう』を手にして、制作に携わった人たちの思いが伝わってくるブックレットのなかで、詩人の最果タヒさんが書いた素敵な文章に…

TAP the SONG

何も言わずに待ってくれた大瀧詠一に「君は天然色」を書いて応えた松本隆

松本隆は1985年の11月から12月にかけて、朝日新聞の夕刊で週1回『新友旧交』というコラムを8週にわたって書いていた。 そのときに「待ってくれた大滝」と題して…

TAP the SONG

はっぴいえんどの「夏なんです」は日本語の歌詞にこだわった松本隆による“ラブソング”

立教の学生だった細野晴臣の家に、慶應に通う松本隆が来て、ロックに日本語は乗るのだろうかと、アルバム『ジャックスの世界』などを参考にしながら、勉強会に取り組んでい…

Album Sweet で体験する

この記事から — Album Sweet でアーティストとアルバムをもっと楽しもう

Pagetop ↑

トップページへ