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大瀧詠一が初めて細野晴臣の部屋に入った瞬間、思わず発した言葉とは?

2014.11.03

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細野晴臣と大瀧詠一がはじめて出会うのは1967年の春先のことだが、きっかけはもう一人の友人との出会いだった。

その前年の秋、立教大学のキャンパスにある待ち合わせ場所で、細野は指定されたベンチに座っていた。立教高校時代からの友人から、「経済学部におまえみたいに音楽にうるさいやつがいるんだ、紹介するよ」と言われていたからだ。

やがて友人に連れられてやってきた男は、ポツリと「中田です」と名乗った。それからお見合いのような形でボソボソと、探りあうような会話が始まった。

「いまどんなの気に入ってるの?」
「うーん、ポール・サイモンなんか、けっこう」
――おっ、こいつはできるな。

「ちいさい秋みつけた」や「めだかの学校」「夏の思い出」などの作曲家、中田喜直の甥にあたる血筋に生まれた中田佳彦はギターが上手で、アソシエーションなどのソフト・ロック系にも詳しかった。

お互いの音楽への関心がわかって意気投合した二人は、サイモン&ガーファンクルの研究をしたりレコードを聞いたりする勉強会的なグループを始める。
ロック以外の様々な分野の音楽にも通じていたから、細野は中田という仲間を得て音楽のフィールドが広がったことを実感していく。

そんな中田が「メチャクチャすごいマニアがいるんだ」と、友だちを勉強会に連れてくることになった。
”相当にできる人物”と聞かされた細野は、自宅でどのように迎えたらいいのかと考えて、数日前に買ったばかりのシングル盤をステレオの上に目立つように置いた。

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約束の時間が来て玄関から「こんにちは」という声がきこえると、まもなく中田が顔をのぞかせた。
続いて長髪をマッシュルーム・カット風にした目つきの鋭い男が部屋に入ってきた。

細野はひと目見て「ビージーズみたいなやつが入って来た」と思ったという。
だが男は部屋に入るなり、細野には目もくれずステレオに向かって思わず声を上げた。

「おっ、ゲット・トゥゲザー!」

その瞬間、細野の目はギラッと光ったにちがいない。

まだ日本ではそれほど知られていないヤングブラッズを知ってるかどうか、それは細野にとって相手を知る手がかりだった。
「おっ、ゲット・トゥゲザー!」という一言で、「この男とはなにかをやることになりそうだと」という予感がわいたという。

男の名前は大瀧詠一、4月から早稲田大学文学部に入学するという岩手県出身の18歳、ヤング・ブラッズのアルバムは持っていたが、日本盤のシングルを見たのは初めてだった。

「大瀧くんは見るからにビージーズなのね。髪型がマッシュルームぽいし、着てるものもちょっとブリティッシュ系っていうかグループサウンズ的な。
ビージーズの歌を歌うとそっくりなんですよ。ロビン・ギブって人にね。
でも本当は違うんですよね、根っこにあるのはプレスリーだったりね。」


ちなみに大瀧はその頃、本当にビージーズのファンクラブの会員だった。
”ビージーズみたいなやつ”という細野の第一印象は、見事に的中していたのである。

それからの1年間、3人はお互いに行き来しながら定期的に会って、熱心に音楽の道を究めていくことになる。
音楽の成り立ちやソングライターの作家性について、メロディーラインからアレンジや構造的なものを勉強しながら、音楽学校で教育を受けなくても、ロックは自分たちで曲作りができるということを模索していく。

やがて自作の曲やアイデアをお互いに持ち寄って発表するくらいになった頃、3人は新宿にある「フォーク・ビレッジ」という店のオーデションを受けることにした。
「ランプポスト」という名前をつけた細野と中田がギター、大瀧はドラムというトリオでオーデションに挑んだ。

歌ったのはサイモン&ガーファンクルとアソシエイションのカヴァーだったが、あっさり不合格となったことで「ランプポスト」の活動は凍結されることになった。
 
細野はそのすぐ後に松本と出会ってバーンズに参加を決め、約1年の活動を経てから松本とともにサイケデリック・ロック色を打ち出したエイプリル・フールに加わって、1969年の秋にプロ・デビューする。

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しかしエイプリル・フールは最初のアルバムを完成させたまでは良かったが、アルバム発売を前にしてメンバーの考え方が揃わなくなり、急遽バンドを解散することになる。

そこでドラムの松本とベースの細野が「ばれんたいん・ぶるう」を始めたところに、大瀧が加わって来て合流してバンドの基礎が固まり、さらにギターの鈴木茂が参加して「はっぴいえんど」誕生に至るのである。

(注)参考文献及び引用元 前田 祥丈編「音楽王~細野晴臣物語」シンコー・ミュージック、「スペシャル・インタビュー細野晴臣PART 2」(『Groovin’』2000年4月25号)、「デイジーホリデー」(inter-FM 2014年1月13日放送)

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はっぴいえんど『はっぴいえんどマスターピース』
はっぴいえんどマスターピース



*はっぴいえんどのオリジナルアルバム『はっぴいえんど』『風街ろまん』のアナログ完全復刻盤(重量盤)と、メンバー公認のあらたにデジタルマス タリングを施したCD、そして96k24bitのハイレゾ音源を期間中ダウンロードできるダウンロードカードを収録した『はっぴいえんどマスターピース』が12月26日に初回生産限定で発売されることが決定。
写真家野上眞宏所蔵による当時のレコーディングの模様の写真等を掲載した「はっぴいえんど資料集」(アナログジャケットサイズ36P)に、松本隆作詞ノート・レプリカ(48P)もコンパイル。


大滝詠一『Best Always(初回生産限定盤) 』
ソニー・ミュージックレコーズ(2014/12/3)

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