夢で逢えたら

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大瀧詠一の「夢で逢えたら」が、日本のスタンダードに至るまでの道

2014.10.23

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数多くのヒット曲を残した大瀧詠一の作品の中でも、広くカバーされてスタンダードになったという意味で、「夢で逢えたら」は代表曲にあげられる。

この歌が誕生したのは、1974年の秋にCMソングを担当した「花王ドレッサー」がきっかけだった。
女性シンガーのアン・ルイスがひとこと、「ドレッサーね」と言うCFが好評で続編が作られることになった。

アン・ルイスが「♪髪にエーヨー」とCMで歌うことになり、彼女が所属する渡辺プロダクションから何か一曲書いてほしいと依頼された大瀧詠一は、まもなく「夢で逢えたら」を書き下ろした。ところが事情があって、その曲は採用されずに宙に浮いてしまう。

その後、アン・ルイス用に作られたデモ・テープを偶然に聞いた吉田美奈子の担当ディレクターが、それをいたく気に入って「どうしてもアルバムに入れたい」と申し入れてきた。

1973年のはっぴいえんど解散コンサートにも出演していた吉田美奈子とは旧知の間柄で、60年代ポップス調の「わたし」という曲を提供したこともあり、大瀧詠一は歌唱力を高く評価していたが、今ひとつ気持ち的に乗り切れない思いも感じていた。

ちょうどその頃、日本の音楽シーンの最先端ではファンキーな16ビートが人気で、8ビートの60年代ポップスは時代遅れと見られていたことも気になった。だが、とりあえずレコーディングされることになった。

このファンキー・ブームの時代にこんな時代錯誤的な音作りが大々的にできたのは、実は山下達郎君の絶大な精神的及び音楽的支えによるところが大きい。
彼だけがこのサウンドの支援者だった(後に、このカラオケに自分でギターをかぶせて、それを自分のラジオ放送のテーマに使用した)。
さて、結果といえば、苦労の甲斐あってか、大瀧詠一作詞・作曲による作品の最高作となった。




1976年3月に発売された吉田美奈子のアルバム『フラッパー』に収められた「夢で逢えたら」は好評で、一部にはシングルカットを要望する声も上がるほどだったが、当時のレーベルが狙っていた路線ではなかったために実現しなかった。

したがってどちらかと言えばマニアックな音楽ファン中心に知られたものの、最終的に一般のリスナーの耳にまでは今ひとつ届かないままに終わるのだった。

そこで大瀧詠一の良き理解者、ナイアガラ・レーベルのアドバイザーだったプロデューサーの朝妻一郎が、せっかくいい作品が出来たのにそのままにしておくのは勿体ないと、シリア・ポールにカヴァーさせることを考えつく。

シリア・ポールは、ラジオのDJ3人組「モコ・ビーバー・オリーブ」の「オリーブ」として、ニッポン放送を中心に活躍していた。

130225425798316327199モコ・ビーバー・オリーブ

「モコ・ビーバー・オリーブ」のレコード・デビューは、フィル・スペクターがプロデュースしてパリス・シスターズが1961年に放ったヒット曲、「わすれたいのに(I Love How You Love Me)」だった。シリア・ポールなら60年代ポップスとの相性は非常に良いし、若者への知名度も高かった。

大瀧詠一はこれを機に、真正面から取り組んだことがなかったガール・ポップに挑戦してみようと思い立ち、ナイアガラ・レーベル初のシンガーとしてシリア・ポールを招き入れる。
そして自分のオリジナル曲とアメリカン・ポップスのカヴァーを組み合わせて、アルバム『夢で逢えたら』を1977年に完成させたのである。



大瀧詠一が当初から意図していた60年代ポップスの匂いがいっぱいの仕上がりとなったシリア・ポールの「夢で逢えたら」は、ナイアガラのメロディー・タイプの原型となった。
やがてたくさんのカバー作品が誕生し、日本のガール・ポップのスタンダードとなっていくのだが、どういうわけかヒット曲が生まれなかった。

2003年1月5日にオンエアされた山下達郎のラジオ番組「Sunday Song Book」の新春放談で、ゲスト出演した大瀧詠一との間でこんな会話が交わされている。

山下:「夢で逢えたら」のカバーって全部把握してます? しかし、なんでこんなカバーが多いんでしょうか?
大瀧:一回も流行らなかったからなんじゃない? マーチン(鈴木雅之)が歌うまで。


ガール・ポップを意識した曲だったのだから当然なのだが、「夢で逢えたら」は1976年に発表されてからの20年間で、サーカス、岩崎宏美、ELLE、桑名晴子、北原佐和子、坂上香織、香坂みゆき、森丘祥子、香西かおり、桃井かおりなど、すべて女性シンガーに歌われてきた。

しかし二人の会話に出て来たように、1996年に「夢で逢えたら」のカバーを初めてヒットさせたのは、意外なことに鈴木雅之率いる男性ヴォーカル・グループ、ラッツ&スターだった。

その意外性について大瀧詠一はこう述べている。

この楽曲がこのような”落とし所”になるとは、全く夢にも思いませんでした。


夢で逢えたら ラッツ&スター



(注)大瀧詠一の発言の引用元はすべて、大瀧詠一著「All About Niagara」(白夜書房)からです。

<合わせてこちらもお読みください>

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