オノ・ヨーコさんから「Look At The Sky」に関するメッセージが、東京でライブを行うイギリスのシンガー、オリー・マーズのもとに届けられたのは2014年2月のことだ。

「上を向いて歩こう」は素晴らしい曲です。この曲のスピリットが、再び世界の人々を励ますことになればと思い、英語詞をお引き受けいたしました。
私の81歳の誕生日に、初めて披露されると聞いてとてもうれしく思っています。

2014年2月18日　ニューヨークにて

「上を向いて歩こう」は日本の楽曲としてはただ1曲、1963年6月15日に全米ポップスチャートのナンバーワンになり、そこから世界中へと広まったヒット曲である。

幸か不幸か坂本九が歌った日本語のままで大ヒットしたために、本当の歌詞の意味も内容も伝わらないまま世界中の人たちに広まった。

その後も1981年に女性R＆Bグループのテイスト・オブ・ハニーが、オリジナルの詞と異なるラブ・ソングの英語詞で「SUKIYAKI」を発表し、全米R＆Bチャートでナンバーワン、ポップスチャートで3位になるヒットを記録して、世界のスタンダード・ソングになっている。

今も世界中の国々でさまざまな言語によってカバーされているが、残念ながらオリジナルの歌詞に込められていたメッセージとは、かけはなれた内容のものが多かった。

作曲した故・中村八大さんの長男で、長く音楽ビジネスに携わってきた中村力丸さんは、「永さんの歌詞をきちんと伝える英語詞が必要だとずっと思っていた」という。
全米1位になってから半世紀の節目となる2013年を迎えるにあたって、中村さんは日本と西洋という異なる文化の双方に通じるオノ・ヨーコさんに、原詞に忠実な新たな英語詞を依頼した。

Look at the sky when you
walk through life
See how the stars blur
when your tears flow
As you remember
the Summer days so bright
On this lonely, lonely night

空を見てごらん　人生を歩むときは
涙が流れると　星のきらめきに気づく
思い出すだろう　あの夏の輝ける日
こんな寂しい　ひとりぼっちの夜

こうして出来上がってきた「Look At The Sky」を、最初に歌うシンガーに選ばれたのがオリー・マーズだった。
初来日のライブを観た中村さんが、「坂本九さんにも通じる親しみやすさ”とエンターテイメント性を感じた」という理由からだ。

普遍的な歌詞と明るいメロディーを持つ「上を向いて歩こう」を、日本人がどう受け止めているのかを知ってほし意図思った中村さんは、オリーに手紙を書いて送った。


悲しみは誰にでも訪れる。
自然災害や戦争が大勢の人を襲うこともあれば、個人の精神の内面が傷つくという形でも訪れる。
人は誰もが必ず、悲しみを負っている。
だからこそ、「上を向いて歩こう」というメッセージから、個人の尊厳を思い出し、他者への共感を覚える。
そして他者への共感から、明日への小さな希望を見出して歩いていく。
どうか世界中にいる貴方の聴衆に向けて、この歌を歌って下さいますように。
貴方が「Look At The Sky」を歌うことで、世界中の人が、それぞれの空の下で、他者への共感を覚えることができると信じています。

2月18日の来日公演の会場で、オリーは満員の観客を前に「Look At The Sky」を歌うことになったいきさつを話した。

その話の途中で軽く「ウーエーオー」と口ずさんだ途端、日本人の若いファンたちが一斉に大きな声で「♪ムーウーイーテー　アールコーオウオウオウ」と歌い始めた。

日本人なら誰でも歌える大切な歌だということを、不意に目の当たりにしたオリーは驚くと同時に一気に緊張したのがわかった。
その夜、まだアレンジも決まっていない段階だったが、オリーは「Look At The Sky」を日本のファンたちに初めて披露する。



オリーがレコーディングして完成したCD音源を持って、ニューヨークにオノ・ヨーコさんを訪ねたのは2015年の1月中旬だった。

凄く緊張したよ！でもオノ・ヨーコさんが“貴方に歌ってもらえて良かった。貴方はこの曲に新たな命を吹き込んだと思うの”と言ってくれたんだ。本当に嬉しかったよ！

初めて「Look At The Sky」が歌われた日からもうすぐ1年、21世紀の「上を向いて歩こう」が今また新たな歴史に加わり始めたところだ。

（Cover photo by Ken Yoshioka and Eriko Wakamatsu　Live photo by Yoshika Horita）