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「明日なき世界」と「孤独の世界」を残して消えた若きシンガー・ソングライター~P.F.スローン

2016.11.15

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P.F.スローンの歌った「孤独の世界」は、日本人が発見して日本だけでヒットした貴重な曲である。



そんなシンガー・ソングライターのスローンについて、「恋はフェニックス」などで知られるシンガー・ソングライターのジミー・ウェッブが、その名も「P.F.スローン」という歌を作っている。

I have been seeking P.F. Sloan
But no one knows where he has gone
No one ever heard the song

ずっとP.F.スローンを探している
彼の行方を知る者はいない
彼の歌を聞いた者もいない


2010年にジミーが発表したアルバム「ジャスト・アクロス・ザ・リヴァー」の中では、同じくシンガー・ソングライターのジャクソン・ブラウンと二人でデュエットした。



1945年にニューヨークで生まれてロスアンゼルスで育ったP.F.スローンは、13歳ながらも卓越した音楽センスを認められて、小さなレーベルからレコード・デビューしている。

大手音楽出版社のスクリーン・ジェムス社で、ソングライター兼スタジオ・ミュージシャンとして働き始めたときも、まだ16歳の若さだった。

そしてプロデューサーのルー・アドラーのもと、スティーヴ・バリと組んでソング・ライティングに励んでいく。

ルー・アドラーがスクリーン・ジェムス社から独立し、1965年にダンヒル・レコードを設立するとスローンも一緒にそこへ移った。
それからすぐに一人で作詞作曲したのが「明日なき世界(Eve of Destruction)」である。

初めはバーズに提供されたが取り上げてもらえず、タートルズがアルバムに入れたが注目されなかった。
しかしバリー・マクガイアの歌ったヴァージョンが、シングルで発売されると全米1位の大ヒットになった。

北爆の開始で泥沼化していくばかりのヴェトナム戦争や、アメリカとソ連の冷戦下における核戦争の恐怖を描いた内容の「明日なき世界」は、原題が「Eve of Destruction」で直訳すれば「破壊の前夜」となる。

それは21世紀の今日にも通じているテーマであり、この曲は激動と変革の時代のアンセムとして後世にまで歌いつがれていく。

日本では関西フォークの高石ともやが、最初に日本語詞をつけてカヴァーした。
1988年にはRCサクセションの忌野清志郎が、反核をテーマにしたアルバム『COVERS』の1曲目にこれを取り上げた。

(参考コラム「こんなへたくそな歌手に、これほどつまらん歌詞をつけられてリメイクされていると知ったら?」)

これによって「明日なき世界」は多くの人たちに、再び発見されることになったのである。




スローンは翌年にもバリと組んでジョニー・リヴァースの「シークレット・エージェントマン(Seacret agent Man)」を作り、ヒットチャートの3位に送り込んでダンヒルの発展に大きな貢献を果たした。

その一方では自らもシンガーとして活動し始めていく。

同じ頃にソングライターとして頭角を現していたジミー・ウェッブは、「自らシンガーになることを試みた最初のソングライター」だったと、スローンのことを高く評価していた。

しかし裏方としてヒット曲を作り続けることをスローンに望むダンヒルは、シンガーとしての活動をそれほど好ましくは思っていなかった。
束縛されることなく自由に活動したくなったスローンは、そのためにダンヒル・レコードを離れることを決意する。

だが、それは容易なことではなかった。
ダンヒルはヒット曲を生み出す才能を持つスローンに、それまでに提供した作品の著作権をすべて放棄し、それらの曲をレコーディングしたり、演奏したりしないと約束するならば自由を与えるという厳しい条件を提示してきた。

誰しも首を縦に振ることが出来ない、受け入れがたい条件を出すことで、ダンヒルに留めようとしたのである。
だがスローンは悩んだ末に、この条件を受け入れた。

そして1968年にアルバム『Measure of Pleasure』を制作する。
ところがスローンはストレス性の精神的な病気を発症し、次第に心身が疲労して音楽活動に支障をきたしていく。

それからは思うように音楽活動が出来なくなり、70年代に入るとひっそりと音楽界から消えていった。

そうした不幸な事情を知ったジミーが、復活を願って作ったのが「P.F.スローン」だった。
その詞には契約とはいえ、自ら生み出した素晴らしい歌をうたうことが許されなった、悲劇的な先駆者への想いが込められていた。

ジャクソン・ブラウンもまたライブで、「P.F.スローン」を採り上げている。

最後にP.Fスローンに会った時
彼は陽に焼けて
風に吹き晒されたようだった
彼はひとりでそのコーナーを
回ってきたのだ
いつも歌いながら
彼の歌声に耳を傾けよう


シンガー・ソングライター仲間の支えもあって、スローンは長い闘病生活を乗り越えて1985年に復活する。
だが2015年11月15日、腎臓がんで亡くなった。
享年70。

その音楽人生は決して順風満帆ではなかったし、卓越した才能の割には充実したものではなかったかもしれない。
だが残された素晴らしい楽曲の数々は、これからも世界中で歌い継がれていくだろう。






(注)このコラムは2015年に公開された『追悼・P.F.スローン~「明日なき世界」と「孤独の世界」を残して消えた若きシンガー・ソングライター』の改訂版です。

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