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美空ひばりが「みだれ髪」のレコーディングで見せた女王の矜持

2016.08.26

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1987年3月のはじめ、作詞家の星野哲郎が常磐線の特急「ひたち3号」に乗って福島県いわき市にある塩屋岬へ向かったのは、コロムビア・レコードから美空ひばりの新作を頼まれたからだった。

前の年に病に倒れて危機にあった美空ひばりの新曲を作るに当たって、作詞を星野に、作曲を船村徹に依頼したのは森啓である。
コロムビアで長くディレクターを担当していた森は、ひばりプロダクションを支えるために応援のために出向していた。

星野が森から言われたのは、「福島県の塩屋埼あたりを見に行ってくれませんか。どういう詞を僕らが欲しがっているのかも含めて、いろいろ感じてもらえると思うんですが‥‥‥」ということだった。
 
そのときに森が心の奥で思っていたのは、「ひばりさんは、ファンにとってもそうだが、歌手たちにとっても目標、つまり”燈台”なんだ」ということだった。
だからそれをそのまま、歌にしてほしかったのだ。

しかし朝一番の汽車に乗ってやってきた塩屋岬の周囲は人影のない浜辺で、太平洋に臨む燈台がひとつあるだけで海岸線は荒涼としていた。
昼前にやって来た星野はぱっとしない景色のなかで、人間ドラマを描くにはどうすればいいのかと考えながらあてどなく歩いていた。
ところが夕暮れ時になると、遠くからは小さく見える燈台が大きくなってきた。

「ひょいと燈台を振りかえったら、夕陽の中に白く、すっと立っていてねえ。何だかそれが、ひばりさんの姿そのものに思えて‥‥‥」


誰もいない大海原に向かって命の光を放つ燈台が、次々に家族を失っていく哀しみの中で、孤独感に包まれていた美空ひばりに重なってきたのだ。

美空ひばりの実母でプロデューサーだった喜美枝は、1981年に転移性脳腫瘍によって68歳で逝去した。
1982年には「三人娘」以来の良きライバルで親友だった江利チエミが、45歳で急死してしまった。

さらには2人の弟たち、かとう哲也(1983年)と香山武彦(1986年)も、共に42歳の若さで亡くなってしまったのである。
ひばりプロダクションの社長をしていたかとう哲也は、「人生一路」などの作曲家であり、プロデューサーとしても陣頭指揮を執っていたので痛手は大きかった。

塩屋岬

そして1985年5月に開かれた誕生日記念のゴルフコンペで、美空ひばりもプレー中に腰をひねって腰痛を訴えるようになっていた。
それから2年後の1987年になると、もはや足腰の激痛に耐えられない状態になった。

公演先の福岡市で福岡県済生会福岡総合病院に緊急入院したのは4月22日のことだった。
入院当時の病名は「肝硬変」であったが、マスコミには重度の慢性肝炎および両側特発性大腿骨頭壊死症と発表した。

そのまま約3か月半にわたって療養に専念していくなかで、親交が深かった昭和の大スターの一人、鶴田浩二が6月16日に享年62で他界した。7月17日には良き友だった石原裕次郎もまた52歳で亡くなってしまったのである。


美空ひばり退院

精神面でのダメージもあって回復を危ぶまれた美空ひばりは入院から3か月半後の8月3日、なんとか退院して東京の自宅に戻り。そこで闘病に専念しながら復帰を待つことにした。

その間に再起をかける新曲の「みだれ髪」が完成し、レコーディングが10月9日に行われることになった。
しかし親しくしていたスポーツニッポンの記者、小西良太郎が10月初めに自宅を訪れてみると、美空ひばりは前日に初めて立つことが出来たという状態だった。

「きょう初めて10分くらい立ってみた。少しふらついたけど、もう大丈夫」
と、化粧のない顔で笑った。
どう考えてみても、歌える体調ではあるまい。
それなのに何を急ぐのか? いくらいい作品があがったとしても‥‥‥。


しかしレコーディングの当日、美空ひばりが希望して行われた一発録りによる同時録音は完璧だった。

一度歌い終わるごとに、ひばりは椅子に腰をおろして、テープの再生を聴き直した。近寄りがたいきびしい表情で、スピーカーから流れる自分の声をチェックする。イメージした歌の完成図と突き合わせるのか? 次の歌唱へ、緊張感と集中力を昴めるのか? 歌謡界の女王の矜持へ本能にも似た間合いを詰める気配‥‥‥。


第一声は「ああよかった。ちゃんと声が出るわ!」だった。
美空ひばりはオーケストラとテストで2回、本番でも2回、フルコーラスを一気に歌った。
いつもよりも念入りの同時録音だったが、それですべてが終了したのである。

立ち会っていた小西は、その気迫と集中力にあらためて驚かされた。
船村は「声が若返っている、のどが十二分に休養していたんだ」と嘆声をもらした。
星野は「歌い終わりの”ひとりぼっちにしないでおくれ”が、この人の本音と重なったかなあ」と呟いた。




 髪のみだれに 手をやれば
 赤い蹴出しが 風に舞う
 憎くや 恋しや 塩屋の岬
 投げて届かぬ 想いの糸が
 胸にからんで 涙をしぼる
 
 すてたお方の しあわせを
 祈る女の 性かなし
 辛や 重たや わが恋ながら
 沖の瀬をゆく 底曳き網の
 舟にのせたい この片情け

 春は二重に 巻いた帯
 三重に巻いても 余る秋
 暗や 涯てなや 塩屋の岬
 見えぬ心を 照らしておくれ
 ひとりぼっちに しないでおくれ


美空ひばりは、ここから復帰を待っていたファンだけでなく、もっと広い音楽ファンに現在の自分をアピールすることを考えて、それを実行に移していく。

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