ガンで入院していた夫の瀬川鍈治と死別したのをきっかけに、ちあきなおみは表舞台から姿を消してしまった。1992年の9月のことである。
もっとも良き理解者であり続けたプロデューサーでもあった夫の死は、何にも代えがたいものだったのだろう。関係者に伝えられた、ちあきなおみからのメッセージは下記の文言のみで、それを最後に彼女は一切の芸能活動を休止した。
「故人の強い希望により、皆様にはお知らせせずに身内だけで鎮かに送らせて頂きました。主人の死を冷静に受け止めるにはまだ当分時間が必要かと思います。皆様には申し訳ございませんが、静かな時間を過ごさせて下さいます様、よろしくお願いします。」
そんな彼女が最後に発表したオリジナル曲が、1991年10月23日に発売された「紅い花」である。
1992(平成4)年にNHKの歌番組の出演したちあきなおみは、正式な引退宣言がないまま、ふっつりと姿を消した状態になった。それから四半世紀が過ぎてしまった現在、彼女は「日本の音楽史に残る伝説の歌姫」として、永遠に語り継がれる存在になっている。
そんな彼女をテレビで目にした元スポーツニッポンの新聞記者で、音楽プロデューサーとしても活躍した小西良太郎氏が、連載エッセイの中で「たまたまBSテレビ東亰のちあきなおみ特集に出っくわした」として、このような印象をコラムに記していた。
平成3年の新譜、めったに聞けない作品をそれもフルコーラス。彼女41才の収録とテロップに出た。こちらも現役最晩年、歌い手盛り、女盛りの彼女だ。『紅い花』は、熟年の男の悔恨がテーマ。ざわめきの中でふと、男は昔の自分を振り返る。思いをこめてささげた恋唄も、今では踏みにじられ、むなしく流れた恋唄になった。時はこんなに早く過ぎるのか、あの日あのころは今どこに…男はそんなほろ苦さをひとり、紅い花に託して凝然とする。ちあきのくぐもり加減にハスキーな歌声が、静かなまま激していく。情感は抑え込まれるからこそ生々しくなる。結果歌は、さりげなく熱い――。
「紅い花」は1995年に石井隆監督のバイオレンス・アクション映画『GONIN』で挿入歌として使用されたが、それに合わせて同年10月11日にはシングルCDが再発売された。
石井監督といえば、1992年に大竹しのぶが主演した映画『死んでもいい』(共演・永瀬正敏、室田日出男)でも、ちあきなおみの「黄昏のビギン」を実に効果的に使っていたのが思い起こされる。
ところで「紅い花」は、聴き歌の典型なので、なまじの歌唱力では唄いこなせないくらいに難易度が高い。だから名曲といわれる割には、カヴァーがそれほど多いわけではない。それでも近年はキム・ヨンジャや五木ひろしなど、ベテランのヴァージョンが聴けるようになった。
なかでも秀逸なのは、作曲者のすぎもとまさとが自分で弾き語りしたもので、ちあきなおみとはまったく異なる味わいがある。
(注)本コラムは2019年6月16日に公開されました。
ちあきなおみ「百花繚乱」
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