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歴代最高視聴率81.4%を記録した紅白歌合戦で歌われた「見上げてごらん夜の星を」と、坂本九が非難された「君が代」事件

2016.12.28

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ツイスト・ブームを頂点にカヴァー・ポップスが人気のピークを迎えた1961年から63年にかけて、東京オリンピックを間近にした日本では意外にも社会の趨勢とは逆に、復古調で時代がかった流行歌が人気を集めていた。

流しの演歌師として東京の浅草で苦労を重ねたこまどり姉妹が61年の夏、三味線を手にして着物姿でデビューして「ソーラン渡り鳥」が最初のヒットとなり、スターの座についた。

その年の暮れから62年にかけては、浪曲師から転向した村田英雄が歌う「王将」が大ヒットし、レコード産業が始まって以来最高の100万枚を超える売上げを記録する。

そこに扇を片手に男装の袴姿というファッションで、畠山みどりが登場して「恋は神代の昔から」のヒットを出すと、続いて浪花節調の根性路線による「出世街道」で人気が沸騰したのだった。

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急速に衰退していくカヴァー・ポップスに代わって、若者たちの間には青春歌謡というジャンルが抬頭してくる。
そして若さと夢を礼賛する歌詞と日本的なメロディーが、都会的すぎるポップスについていけなかった若者たちに強く支持された。

その流れを決定づけたのが日活青春映画のスターだった吉永小百合と、股旅歌謡でデビューした橋幸夫がデュエットした「いつでも夢を」だ。
これが1962年の第4回レコード大賞を受賞したのである。

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ベテラン作詞家と作曲家が書いた若者向けの歌のヒットから、青春歌謡のブームが巻き起こっていくことになった。
そこに登場して人気者になったのが、学生服姿で「高校三年生」を歌う舟木一夫だった。
日本の音楽史研究の先駆者だった故・黒沢進は、そうした1963年の音楽状況についてこう述べている。

「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」という英題で全米一位となり、我国の音楽もいよいよ欧米の水準に近づいたかのように見えた一九六三年だが、「スキヤキ」が米チャートを賑わせていた頃、皮肉なことに日本で最も流行っていた歌は舟木一夫のドメスティックな歌謡曲「高校三年生」だった。
舟木に代表される青春歌謡は、音楽的には藤山一郎や東海林太郎の時代への回帰とも思えるような、洋楽との接点が見出しにくいものだったが、日本の若者たちの生活を反映した詞もウケて、カヴァー・ポップスよりもはるかに売れることになるのである。
そして、日本でのポップス人気は急速に衰え、テレビのポップス番組の多くは九月期で終了、ジャズ喫茶も観客減から軒並み経営難にあえぎ、中には倒産する店も出たりしたのだった。
(黒沢進『黒沢進著作集』シンコー・ミュージック)


そんななかでロカビリー出身の坂本九だけは、22歳にして絶頂期を迎えている。

屈託のない笑顔と健全性にあふれる歌の魅力が、政治家や官僚にまで好ましく受け入れられて、正月早々から池田勇人首相による「芸術文化関係者懇談会」に招かれた。
そして東京オリンピック開催という国家的なプロジェクトに向けて、坂本九は政府から広報のため親善大使になってほしいと協力を依頼された。

6月2日には目黒の迎賓館で開かれた天皇家と皇族による皇后陛下還暦祝いの席にも呼ばれて、両陛下の前で坂本九は「上を向いて歩こう」を歌った。
本来ならば、初の御前公演といっても良い出来事であったが、内輪の場だったという理由で当時は公表されなかった。

ミュージカル『見上げてごらん夜の星を』(作・構成:永六輔 音楽:いずみたく)に主演したのは、6月18日から20日までの3日間だ。
これは1960年に別のキャストで大阪の労音で上演された作品だったが、それを観ていた坂本九が自ら演じてみたいと事務所に願い出て、上演が実現したものだ。

坂本九の心意気に賛同したマネージャーの曲直瀬信子は、自分がマネージメントしている九重佑三子、ダニー飯田とパラダイス・キング、ジェリー藤尾、渡辺トモ子など、マナセ・プロダクションの人気スターをすべてノーギャラで出演させることで、上演の成功に向けて全面的に協力した。

東北地方から集団就職で上京して働きながら定時制高校に通う若者たちが、経済的にも時間的にも苦しい生活の中で、前向きにに生きる姿を描いたこの作品は、オールマイティを目指す坂本九の芸域をいっそう広げることになった。
そしてテーマソングだった「見上げてごらん夜の星を」はこのときに初めてレコード化されて、音楽史に残るスタンダード・ソングが誕生する。

ちょうどその頃に、2年前の大ヒット曲だった「上を向いて歩こう」が、アメリカでヒットチャートを駆け上って全米1位の快挙を成し遂げた。
その話題で日本でもリバイバル・ヒットになった。
すかさず松竹は、坂本九が主演する映画を企画して秋に公開することを発表している。

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「スキヤキ」が大ヒット中のアメリカを8月中旬に訪問した坂本九は、テレビ出演の他にオリンピック親善大使としての公式行事にも参加し、三泊六日という超強行日程を終えて帰国した。
と、ここまではあらゆることが順調すぎるほど順調だったのに、思いもよらない「君が代事件」が待っていたのである。

東京体育館では9月18日、日本の海老原博幸がタイのポーン・キングピッチに挑戦する、世界フライ級タイトルマッチが行われた。
日本中が注目していたこの試合のセレモニーで、坂本九は「君が代」を独唱することになっていた。
緊張した面持ちの坂本九はその夜、リングの中央に立つと両手を後ろに組み、目を閉じて「君が代」を歌った。

ところがその独唱が終わった後に一部の人が、日本の国歌にはふさわしくない歌手だということを口にした。
ロカビリー歌手の歌唱法がどこか気に入らなかったらしい。
ウィーン少年合唱団におけるステージ・マナーをお手本にして、両手を後ろに組んだ姿勢も「日本男児らしくない」ともいわれた。
そのために観客からの「きちんと声を出して歌っていなかった」、「ほんとうは歌唱力がないのではないか」という声などが、マスコミに取りあげられて騒ぎがひとり歩きしていった。

確かに厳粛に歌わねばならないという意識が強すぎたせいか、その晩の坂本九の声にはいつもの伸びがなかったかもしれない。
低音が殆ど聴き取れなかったこともふくめて、ぶっつけ本番なのにキーが合っていなかったことが原因だった。
吹奏楽曲のメロディーに日本語の歌詞を後でつけた「君が代」と、ロックンロールのビートで歌って世界に通用した歌手の坂本九は、はじめからミスマッチだったのだ。

だがそうした事情への配慮はなされず、あまりにも幸せに見える若きスターに対して、「君が代」をきっかけに世間の僻みと妬みが吹き出した。
それがマスコミによって増幅されていったあたりの事情について、兄の坂本照明が著書「星空の旅人 坂本九」(文星出版)でこう述べている。

批判の矢面に立たされるという経験は、九にとって始めてのこと。それだけに大きなショックを受けたようでした。テレビ中継が終わった後の取材に対しても、九はただただ謝るしかありません。
しかし、九を弁護してくれる人もいました。坂本九の『君が代』はあれでいいのではないかと。スターになれば「見えない敵」も出てくるし、九がロカビリー出身であることに対する偏見もあるのではないかと。
事実、ロカビリー歌手は普通の歌手とは違うと、テレビ出演を断られるという時期もありました。そんな中で、九は最初にテレビに出演したロカビリー出身の歌手でもあったのです。
この事件は、その後、『君が代』をきちんと歌えない人間は日本国民ではないのかという論争にまで広がりました。九はそのショックの中で、アイドルからの脱皮のときがきているのではないかと考え始めていたのです。


その年の大晦日に行われた第14回NHK紅白歌合戦は、国家的イベントの東京オリンピックを翌年に控えて、オープニングでは人気役者の渥美清が聖火ランナーに扮してオリンピック開会式を模すという演出で始まった。
そして歴代1位となる81・4%という視聴率を上げた。
 
梓みちよが緊張の中でレコード大賞に輝いた「こんにちは赤ちゃん」をはつらつと歌い終えると、そこに永六輔が乳母車をひいて登場してくる。
乳母車の中に乗っている赤ちゃんを演じた渥美清が、「こんにちは紅(あか)さん、あなたの勝ちよ」と歌うという仕掛けだ。
会場もお茶の間もそんなコントに沸いて、その夜はすっかり華やかなお祭りムード一色となった。

ところが坂本九は新人歌手のように、緊迫感をいっぱいに漂わせて登場した。
そして舞台上手から出てきて深々とおじぎをすると、センターの位置に立って最初から最後まで、トレードマークの笑顔を一度もみせることなく、ほぼ目を瞑ったまま「見上げてごらん夜の星を」歌った。
歌い終わっても緊張した表情のまま足早に退場した姿には、「君が代事件」への無言の返答が感じられた。

どこにでもいる少年少女の代表で笑顔の人気者だった「九ちゃん」は、この日の「見上げてごらん夜の星を」を境にして、大人のエンターテイナーへの道を進んでいく。

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