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権力と恋に落ちたミック・ジャガーがチャーリー・ワッツに殴られた夜

2018.03.28

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ロックスターのイメージを創り上げたキース・リャーズが壮絶なドラッグ地獄から抜け出した経緯については、『キース・リチャーズと権力との闘い〜絶望の淵で天使を見た男』に詳しいが、今回はその後のストーンズに勃発した深刻な問題とちょっとした伝説について記しておこう。

それはキースにとって「唐突な出来事」だった。1980年の『Emotional Rescue』に収録されたラストナンバーでキースが歌ったバラードの名曲「All About You」は、長年時を共にして別れたアニタ・パレンバーグへの想いを綴ったと思われていたが、どうやらキースに言わせるとミック・ジャガーとの当時のギクシャクした関係も込めたものらしい。

ショーをこのまま続ける必要があるのなら
お前抜きでやっていこうじゃないか
もうほとほと嫌気が差したぜ
お前みたいなろくでなしに付き合うのには


キースは荒波を乗り越えて生還した自分を、ミックが両手を広げて歓迎してくれると期待していた。「迷惑かけたが、何とか抜け出してきたぜ」「良かったな。お前を待ってたぜ」。だが、そんな会話はなかった。

キースは気づいたのだ。自分がいない間に相棒は権力と恋に落ちていたことを。バンドの支配の糸を全部握って一本たりとも放す気はない。「これは俺が決める」「あー、黙ってろ、キース」。この頃、ミックは何かにつけてキースにそう言い放った。

まったく失礼もほどほどにしろだ。長い付き合いだから、俺にそんな真似をしても無事で済んでるんだ。とは言っても、あれは傷つくぜ。


ミックにしてみれば、トラブル続きのキースがいない間、バンドをまとめてきた自負があったのだろう。しかし、『Tatoo You』と1981〜82年の史上最大規模のツアーを終え、次作『Undercover』に取り掛かる頃には明らかにミックの態度が変わり始めたことを、バンドのメンバーやスタッフも察知し始めた。

要するに“ローリング・ストーンズ”ではなく、“ミック・ジャガーとそのバンド”。ナンバーワンとして君臨するため、傲慢な世界ができ上がっていたのだ。おかげでミックは「女王陛下」とか「ブレンダ」とか陰で呼ばれるようになった。

バンドのメンバーにそういう態度を取ったことは一度もなかった。長年一緒にやってきた俺たちにまでそうなったら、もうおしまいだ。バンドは一つのチームだ。何事もみんなで決める必要がある。チャーリーと俺はよく目で天井を仰いでた。「信じられるか今の?」って。


ミックは完全にリードシンガー症候群に陥った。「キミは素晴らしい! 最高だ‼︎」と毎日のように周囲からのお世辞を受けていると、いつしか「自分は特別な人間だ」と本気で思い込むようになる。一方、キースはこれに対しては禁欲的だった。

今まで他の連中がころっと騙されるのを見てきた。そいつは堕落だぜ。俺は絶対にそっちには行かない。みっともないからな。音楽をプレイするのが俺にやれる最高のことで、譲れないのはそこだけだ。


可哀想なことにミックは不安にも取り憑かれていた。世界最高のバンドを牽引してきた男が遂に自分の才能を疑い始めたのだ。新興メディアのMTVやメガツアーのステージパフォーマンスを意識しすぎるあまり、他のミュージシャンにも対抗意識をむき出すようになった。

続々と現れる若くて魅力的でヴィジュアル性に富んだアーティストは、ミックにとって脅威だったに違いない。そして同世代のアーティストの動向。ロッドは? エルトンは? ボウイは? あいつらは何を企んでる?

ミックはまるで自分の亡霊を追いかけるように、冗談ではなくダンスや歌のレッスンを真剣に受け始めた。さらに音楽の趣味も変化し、クラブで耳にしてきた最新の音楽をスポンジのように吸収してメンバーたちに押し付けようとした。

1983年の『Undercover』はその産物だった。ミック・ジャガーくらい大きな存在になってしまうと、周りから搾取されないか自己防衛の壁もより高くなっていく。

ミックの苦悩にさすがのキースも同情しかけたが、1983年にストーンズとCBSの新規契約が持ち上がった時にキースの怒りが爆発する。ミックはこの大型交渉の裏でソロアルバムを出す独自の契約を内緒に結んでしまうのだ。これは“抱き合わせ”以外の何物でもない。本当の狙いはそれだったのか。

ストーンズが落ち目になってたならまだ話は分かる。沈みかけた船から逃げ出していくネズミみたいなもんだろ。だが俺たちは順調だった。ここまでの道を作ってきたバンドにそれはない。みんな裏切られた気持ちだった。友情はどこへ行った?

別のことをやりたいなら何で最初から俺に言えないんだ? あいつは俺のことを行儀が悪い、口汚ないと言う。でもな、ミックのこのレコード契約は言葉を使ったどんな嘲りより失礼だったぜ。


ミックのソロアルバムは1985年にリリースされた。タイトルは『She’s the Boss』。それがすべてを物語っている。キースは全部通して聴いたことがないそうだ。「聴いた奴はいるか?」

この頃、珍しい出来事があった。ミーティングのためにアムステルダムに集まったストーンズの面々。その夜、キースは結婚式で着たジャケットをミックに貸して一緒に飲みに出掛けた。午前5時にホテルへ戻る。

ミック「おい、チャーリーに電話しよう」
キース「やめとけよ。こんな時間に」
忠告をよそに、酔っ払っていたミックは受話器を取るとチャーリーの部屋に電話を掛けた。
ミック「“俺のドラマー”はどこだ?」
チャーリー「……」

20分くらいしてドアにノックの音。外にいるのはサヴィル・ロウ(ロンドンの高級テイラー街)で仕立てたスーツにビシッと身を包み、ネクタイを締めて髭を剃り、一分の隙もない出で立ちのチャーリー・ワッツだ。香水までつけている。ドアを開けると、チャーリーはキースに目もくれずに真っ直ぐにすり抜けて、ミックの胸ぐらを掴み上げた。

「二度と俺のことをお前のドラマーと呼ぶな。“俺の歌唄い”が!」

そして右フックを一閃。ミックはテーブルのスモークサーモンを乗せた銀の大皿の上に倒れ、開いた窓とその下の運河に向かって滑り始めた。キースは駆け寄ってミックをキャッチした。

あの後、チャーリーを落ち着かせるのに24時間掛かったぜ。上の階へ送り届けてようやく済んだと思ったら、その12時間後に「クソッたれ、下りてもういっぺんやってやる」。あの男を鎮めるのは容易なことじゃない。俺にも「あの時何であいつを助けたんだ?」。チャーリー、あれは“俺の上着”だったんだ。それだけだ!


この後、一触即発の状況で制作されたキース主導の『Dirty Work』(1986)、ミックのソロ2作目『Primitive Cool』、キースのソロ『Talk Is Cheap』、マスコミを通じた罵り合いと、ストーンズは最大の解散危機へ迷い込んだが、1989年1月にバルバドスでの時間の中でキースとミックは絆を取り戻し『Steel Wheels』(1989)で復活。7年ぶりのツアーへと転がり始めた。

*参考・引用/キース・リチャーズ自伝『ライフ』(棚橋志行訳/楓書店)

キースしか歌えない名曲「All About You」(1980)


ストーンズが最新を追求した「Undercover of the Night」(1983)

撮影中、キースとミックが本気で喧嘩寸前になったという「One Hit(to the Body)」(1986)

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