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大滝詠一が大胆な日本語ロックへのアプローチに挑んだはっぴいえんどの「颱風」とその後

2018.08.03

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日本の夏といえば良くも悪くも、台風とは切っても切れないつながりがある。
そうした自然現象を題材にして日本語によるロックへのアプローチに挑んだのが、はっぴいえんど時代の大滝詠一であった。

四辺は俄かにかき曇り
窓の簾を洌たい風が ぐらぐらゆさぶる
正午のてれびじょんの天気予報が
台風第二十三号の 接近を知らせる
空を鼠色の雲が 迅く迅く迅く迅くはしり
風は どんどんどんどんふいてくる
台風 台風 
どどどどどっどー 
どどどどどっどー みんな吹きとばす


最初に「颱風」の歌詞を目にしたとき、筆者はかなり驚きながらも、斬新なアプローチに感心したことを憶えている。
しかも大滝詠一はこの歌詞をレコードでは、以下のような譜割りにして摩訶不思議とも思える日本語で、エキセントリックとも感じられる歌唱法で表現していた。

あたりはにぃー / わかにかー / きくもりー /
まどのすー / だれをー / つめたいかぜが /
ぐーらぐーら / ゆさぶる /
しょうごの / ぉてれびーじょんの / てんきよほうが /
たいふうだい /ぇ にじゅうさんごうの / せっきんをーしらせる /
くる・くる /



しかしこの大胆な歌唱法は、歌詞の意味や文字を間違って伝えるものではなかったところが重要だ。
これまでに聴いたことがない歌い方や、独特のイントネーションに驚いたとしても、日本語としての文字と意味は耳から正しく伝わってきた。

実は同じ頃に歌謡曲の世界では日本語として、書かれた文字が耳からは正しく伝わってこない、したがって何を歌っているのか意味がわからないという大ヒット曲が数多く生まれていた。

作家の筒井康隆が「歌謡曲の奇っ怪なイメージ」というタイトルで、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」と小柳ルミ子の「わたしの城下町」を例にあげて、その印象をエッセイに書き残している。
文中の歌詞は本来、「あなたを待てば雨が降る 濡れて来ぬかと気にかかる」と、「格子戸をくぐり抜け 見上げる夕焼けの空に」というものだった。

「濡れて粉糠(こぬか)と 木にかかる」という歌詞があった。「有楽町で逢いましょう」の一節である。これはその前の節の終わりが、「雨が降る」だから「粉糠」を連想するのかもしれない。が、その節だけ聞いても充分「粉糠」に聞こえる。粉糠なら「気にかか」らず、「木にかかる」のである。
 まあ、この辺であれば有楽町の並木に粉糠雨がかかっているというイメージなので、本来の歌詞からさほど遠ざかってはいない。
 しかし、「見上げる言うや 毛の空に」となってくると、「私の城下町」の空から黒髪がだらりと垂れ下がっているという、怪奇幻想のイメージとなり、小柳ルミ子がその下で、あの尖った鬼歯から吸血鬼みたいに血をしたたらせているところまで連想を続けると、もはやおどろおどろしい狂気の世界となる。これは恐ろしいのだ。


自然に思える譜割りの日本語にもかかわらず、何を歌っているのか意味がよくわからないという歌が増えてきたのは、それだけ海外のジャズやポップスの影響が強くなったからだろう。
筒井は尾崎紀世彦の「また逢う日まで」についても、次のようなユニークな聴き方をしていた。

「また逢う日まで」の最後の一節は、実際に文字となった歌詞を読むまで、何がなんだかさっぱりわからなかった。「ふたりでドアをしめて ふたりで名前消して」ここまではまあ、なんとかわかる。
 その次が、どう聞いても、「その時心 罠に顔 離すだろう」なのである。頑丈な罠に顔をはさまれ、離そうとして四苦八苦している尾崎紀世彦の姿しか連想できないのだ。


想像力や妄想力が豊かな作家にそのような奇っ怪なイメージを連想させる歌が大ヒットする一方で、不自然な譜割でありながらも日本語を正確に伝えるという、大滝詠一の「颱風」も存在したのが1970年代初期の日本であった。

そもそも大滝詠一は自然のことを歌うというアプローチについて、日本のロックのあるべき姿のひとつなのではないかと考えて、それが「颱風」という楽曲の誕生に繋がったと述べている。
そのときに思ったのは風景や自然を語ることによって、俳句に個人の心情をたくした松尾芭蕉のことであったらしい。

ほんとうに言いたいことを説明したら野暮になってしまうので、あえて言わないという芭蕉の美学をお手本にして、大滝詠一は自分なりに日本語のロックを開拓していく。
しかも岩手県出身の大滝らしく、歌詞には郷土が生んだ宮沢賢治に対するオマージュも込められていた。

それから10年後、大滝詠一の実験精神とアプローチはついにオリジナル・アルバム『ロング・バケイション』に結実したことで、ベストセラーが誕生して音楽シーンは変わっていった。

そこからさらに10数年の時を経て、大胆なアプローチが継承されていると感じたのが、宇多田ヒカルのデビュー曲「Automatic」だった。
常識では考えられない、不思議な譜割りが歌の始まりから最後まで続いていた。

七回目のベルで受話器を取った君
名前を言わなくても声で
すぐ分かってくれる
唇から自然とこぼれ落ちるメロディー
でも言葉を失った瞬間が一番幸せ


この歌詞を宇多田ヒカルは、こういう譜割りで歌っていた。

なー / なかいめのべー / るでじゅわきぃを / とお・ったきみぃ /
なまえをいーわな /くてもこえで・すー/ぐー・わかぁって / くれるー・くー /
/ ちびるからしー / ぜんとこぼれおちぃ /る・めろでぃー /
でもことばをうし / なったしゅんかん / んーがーいちばん/ しあわせ /


いかにも不自然だと感じる譜割りとブレスにもかかわらず、その歌唱法は実に心地がよくて聞き手の快感に結びつく響きを持っていた。
そして歌詞の意味や文字についても、決して間違ったイメージを伝えたりするものではなかった。

当初は聴いたことがない歌い方やイントネーションに驚かされても、あっというまに「Automatic」は日本の音楽史に残る記録的な大ヒット曲になっていった。




〈参考文献〉筒井康隆氏のエッセイ「歌謡曲の奇っ怪なイメージ」は、天沢退二郎・編「日本の名随筆 別館82 演歌」(作品社)からの引用です。

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