季節(いま)の歌

Woodstock 〜ジョニ・ミッチェルが60年代“最後の夏”に捧げた鎮魂歌〜

2015.08.23

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神の子に出会った
彼は歩いてどこかへ行く途中
どこに行くのかと尋ねると
彼はこう言った
ヤスガー農場に行くんだよ
そこでロックンロールバンドに加わり
自然の中でキャンプをして
魂を解放しようと思ってるのさ

私たちは星屑 
黄金に輝く星屑
みんな一緒にあの楽園に帰るべきなのよ



「“自分は行けなかった”という喪失感が、ウッドストックに対する強烈な観点を私に与えてくれたのよ」

当時、あるインタビューでジョニ・ミッチェルが語った言葉である。
この歌を書いた彼女は、ウッドストックのステージには立っていない。
TV出演があった為、その場にも行ってはいないのだ。
では彼女は、この歌をどのようにして紡いだのだろう?
当時、このフェスに出演していたグラハム・ナッシュ(クロスビー,スティルス,ナッシュ&ヤング)と恋仲だった彼女は、彼からフェスの様子を聞きつつ、ニューヨークのホテルの部屋でフェスについて報道するテレビを見ながらこの歌を書き下ろしたのだという。
また、この歌はフェスの翌年に公開されたドキュメンタリー映画『ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間』でクロスビー,スティルス,ナッシュ&ヤングが“テーマ曲”としてカバーしシングルヒットとなった。


それは60年代最後の夏の出来事だった。
“平和と音楽の3日間”と言われたウッドストック・フェスティバル(Woodstock Music and Art Festival)は、当時のアメリカのヒッピー文化を象徴する巨大な野外コンサートとなった。
その“約束の地”には、主催者側が予想した20万人を大きく上回る50万人もの観客が全米各地から集まった。
もともとはボブ・ディランら多くのアーティストが住んでいたニューヨーク州にあるアルスター郡の“ウッドストック”というリゾート地で行われる予定だったが、直前になって住民や市当局の反対で同州サリバン郡ベセルにあるヤスガー農場に変更されたという。
8月15日(金)の午後5時7分からスタートしたリッチー・ヘブンスのステージで幕を開け、最終日とされていた17日(日)の日付を越えて18日(月)の朝方に登場したジミ・ヘンドリックスがパフォーマンスした(あの有名な!)アメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」を最後にステージから降りるまでの3日半に及んだ。
主な出演者は、ジョーン・バエズ、サンタナ、ジャニス・ジョプリン、ジョー・コッカー、ザ・バンド、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、グレイトフル・デッド、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、ザ・フー、ジェファーソン・エアプレーン、クロスビー・スティルス&ナッシュといった錚々たる顔ぶれが集結した。

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前例がない規模で開催されたこにフェスは、駐車場や食料等など色んなものが準備不足のままスタートした。
その結果ハイウェイは駐車車両に塞がれて数十キロに渡って渋滞し、出演者は全てヘリコプターで会場に運ばれたという。
事前に18万6000枚のチケットが売れていたものの、予想を遥かに上回る入場者をさばき切れず、最終的には会場を囲むフェンスが取り払われて、入場無料のフリーコンサートとなった。
翌年には前出のドキュメンタリー映画が世界中で上映され、ウッドストック・フェスティバルはべトナム戦争下の若者が生み出したカウンターカルチャーの集大成として永遠に記憶されることとなった。

ウッドストックに着いた頃
私たちの数は50万人にもなっていた
まわりには歌と祝祭
そこで私は爆撃機の夢をみたの
ショットガンにまたがった人が空を飛んでるのよ
そしてそれは蝶々になった
私たちのこの国の上空で

私たちは星屑
私たちは10億年を経た炭素
黄金に輝く星屑
私たちは悪魔との契約にとらわれている
みんな一緒にあの楽園に帰るべきなのよ


べトナム反戦運動、公民権運動、女性解放運動(ウーマンリヴ)、環境保護運動などが相次いで起こった激動の1960年代を体験した人々にとって“輝かしい時代の象徴”として語られてきたこの祭典だが、実際には犯罪やドラッグが場内に横行したともいわれている。
映画の中で、ラストのジミ・ヘンドリックスが出演した18日の早朝のシーンでは、大半の客が現実に戻るために会場を次々に立ち去ってゆく。
そして、残されたのは夢の残骸と虚脱感と…大量のゴミだった。

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60年代後半、アメリカでは若者達がヒッピーといわれる文化(フラワームーブメント)を創造し “愛と平和”をスローガンとした。
しかし、自由を求めたその行動は、やがて大麻やLSDといった麻薬と結びつき…一般社会との隔絶を深めていく。
そして彼らは“コミューン”という場を設けて共同生活をするようになる。
しかし、そんな理想郷を求めるような生活は長くは続かず…やがて衰退していくのであった。
【ヒッピー(Hippie)】という言葉を辞書でひくと『自然への回帰を主張し,伝統・制度など既成の価値観にしばられた社会生活を否定する若者』とされている。(大辞林 第三版より)

あなたと一緒に行ってもいい?
私はスモッグから逃げ出してきたの
自分がぐるぐる回る歯車か何かになっている気がするのよ
そうね…たぶん今が潮時よ
たぶん人類にとっても潮時かも
私は自分が何者かも分からない
でも人生は学ぶためにあるのね

私たちは星屑 
黄金に輝く星屑
みんな一緒にあの楽園に帰るべきなのよ


まるでその後の時代の変化を見据えていたかのような冷静な目線で綴られたこの歌詞は、哀愁漂うメロディーと共に何とも言えぬ余韻を残すものとなっている。
それは、砂上の楼閣のようにもろく崩れていった“あの時代”に対する鎮魂歌にも聴こえてくる…。
戦後70年を迎えた我が国では「平和を守れ!」「戦争したくなくてふるえる」と若者達が声をあげ始めた。
自分達は何者なのか?
みんなと一緒に帰るべき楽園とは?
この歌に耳を傾けながら…あらためて考えてみる。


ジョニ・ミッチェル『Ladies of the Canyon』

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(1970/ワーナー)


クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング『Déjà Vu』

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『ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間』

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