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あまりに官能的なプラトニック・ラブ

2023.11.07

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レナード・コーエンを世に知らしめることとなった「スザンヌ」。この曲にはモデルとなった女性がいたことを、レナード・コーエンは明かしている。

「スザンヌは私の友人の妻だった。アルマンド・ヴェランコートとスザンヌは、モントリオールの誰もが羨む、美男美女のカップルだった。私は、大好きだったモントリオールの街を描こうと思っていた。川を往き交うボート、水夫たちのための教会とも呼ばれる聖ノートルダム・ドゥ・ボン・スクール教会…」


ボン・スクール市場の隣に建つ教会は、船乗りの無事を祈願してきた場所で、聖マルグリット・ブルジョワの博物館が併設されている。だが、レナードにはスザンヌこそが聖女に見えたのかも知れない。

ヴェランコート夫妻やレナード・コーエンが暮らした1960年代中頃、この辺りには多くのビートニクスや詩人たちが集まっていた。

歌のモデルとなったスザンヌ・ヴァーダルは2008年、ガーディアン紙のインタビューで次のように話している。

「レナードはよく、ビストロという店で何時間も過ごしていました。そこはジャズに合わせて踊れるところで、黒のタートルネックに煙草、ボヘミアンの雰囲気そのものといった感じのところでした」


スザンヌはあなたを
川沿いにある場所へと連れていく
ボートが往き交う音が聞こえ
いつまでもそこにいたい
そう思わせる場所
彼女は少し変わっているが
あなたにとっては
それがま魅力
彼女ははるばるチャイナから運ばれてきた
オレンジの入ったお茶をいれてくれる


レナードとスザンヌ。
ふたりは惹かれ合っていく。
そしてスザンヌはアルマンドのもとを離れ、川沿いのロフトで暮らすようになる。
スザンヌはその日のことを覚えている。彼女がレナードを部屋に誘った日のことである。

「私たちは、ほとんど何も話しませんでした。ただ、彼のブーツの音と、私のハイヒールの音が不思議とシンクロしていました」と、スザンヌは振り返る。
「部屋の中に入っても、ほとんど会話はなかった」と、レナードは語っている。「ただ、ボートの往き交う音が聞こえた。そしてスザンヌは、紅茶を入れてくれた。コンスタント・コメントだった」

コンスタント・コメントというのは、中国産のお茶ではない。1945年にアメリカで発売されたオレンジの皮と甘いスパイスをブレンドした紅茶のブランド名である。
レナード・コーエンは、紅茶については脚色を加えている。だが、それ以外は、現実のスケッチだと語っている。


彼女と旅に出たい
盲目の旅をしたい
あなたはそう願う
彼女もおそらく
信頼してくれているはずだ
あなたはその心で
彼女の完璧な体に
触れたのだから


「心で、彼女の完璧な体に触れる…あの状況では、それ以上のことはできなかった」と、レナード・コーエンは振り返る。

「あの時だけでなく、何度か、そういう機会はあったのです」と、スザンヌは告白している。「でも、私たちは肉体的なレベルの恋人にはなりませんでした。心と心では恋人でしたけれど…レナードはとても魅力的な男性でしたし、彼をセクシーだという女性も少なくなかったのです。私は、たぶん、彼女たちの中の一人になりたくはなかった、のだと思います」

「スザンヌ」が完成すると、レナードは出来上がったばかりの歌をジュディ・コリンズに電話越しで聞かせた。そしてそのことがふたりを引き離すこととなる。

レナードはニューヨークへ向かった。
そしてスザンヌはといえば、ダンサーを夢見て、ロスへ。


彼女と旅に出たい
盲目の旅をしたい
あなたはそう願う
彼女を信頼してもいいはずだ
あなたは思う
彼女はその心で
あなたの完璧な体に
触れたのだから


スザンヌがこの曲を耳にしたのは、ロスのベニス・ビーチだった。
嬉しさと、哀しさと、懐かしさと、切なさと、言葉では言い表せない感情の波音を彼女は一人、いつまでも聞き続けていた。






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