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ピアノ・ブルース〜野生動物をも魅了したファッツ・ドミノのニューオーリンズR&B

2024.02.25

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『ピアノ・ブルース』(Piano Blues/2003/クリント・イーストウッド監督)


2003年。アメリカでは「BLUES生誕100年」と称して、CD・書籍・番組・ラジオ・コンサートといったメディアミックスを通じて“魂の音楽”を伝えるプロジェクトが展開された。中でも音楽ドキュメンタリー『THE BLUES』は、総勢7名の映画監督が様々な角度から“魂の音楽”をフィルムに収めて大きな話題を呼んだ。

今回紹介するのは『ピアノ・ブルース』(Piano Blues/クリント・イーストウッド監督)。カントリー、ジャズ、ブルーズのマニアとしても知られる名優イーストウッドが、ピアノだけにスポットライトをあて、伝説的なミュージシャンたちを迎え入れながら話し、時には演奏してもらう。そして偉大なプレーヤーの顔触れやつながりを紹介していくというもの。本作はブルーズマンだけでなく、ジャズやR&Bにも視点を広げている。

ジャズ畑からは「神」と呼ばれたアート・テイタムのほか、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、オスカー・ピーターソン、セロニアス・モンク、ピート・ジョリー、そしてトリオ時代のナット・キング・コールなどが紹介される。中でも年老いたデイヴ・ブルーベックの演奏は涙が出るくらい美しい。

ブギウギからはパイン・トップ・スミス、アルバート・アモンズ、ピート・ジョンソンの名が登場。ジャンプからはジェイ・マクシャンやビッグ・ジョー・ターナーらの映像も流れる。また、チャールズ・ブラウンの都会的で洗練されたブルーズも印象的だ。

R&Bではレイ・チャールズ。イーストウッドの友人ということもあり、先人や自らの貴重なエピソードが語られる。

幼少時代、まだ失明する前のレイは、ワイリー・ピットマンの食料雑貨店から聞こえてくるブギウギ・ピアノの音に魅了された。店に忍び込んだ小さなレイに気づいたピットマンは、膝の上に抱え上げてピアノに触らせてやった。レイは鍵盤に指を走らせ、その温かい感触が忘れられなかった。それをきっかけにレイはピットマンからピアノを学ぶようになる。

シカゴ・ブルースからはマディ・ウォーターズやウィリー・ディクソンとプレイしていたオーティス・スパンやヘンリー・グレイ。スパンにはエピソードがある。子供の頃、フライデイ・フォードという男の膝に乗ってピアノを弾くのを見ていた。

「こうやってピアノの前に座ってるのは、お前がいつか弾けるようにしてやるためなんだぞ」

しかし、フォードは亡くなってしまう。スパンは指の動きを頭の中に叩き込んでいた。そうやって自分なりにピアノを覚えた。するとある晩、父親が言った。

「お前、ブルーズをやりたいのか?」
「うん」
「だったらピアノを買ってやろう」

母親は厳格なクリスチャンで、ブルーズを毛嫌いしていた。土曜の朝になると親父とお袋は町へ出て行った。俺は家に鍵を掛け、ブルーズを弾き始めた。でもお袋が財布を忘れて取りに戻ってきたんだ。お袋が家に入ってくると、息子がブルーズを弾きまくっている。お袋は親父に言いつけた。「聞いて! オーティスがブルーズを弾いてたのよ!!」。すると親父は言ったんだ。「そうか、あいつがブルーズを弾きたいんなら、好きに弾かせてやろうじゃないか」。そして俺に3晩ぶっ続けでブルーズを弾かせてくれたんだ。


この作品のハイライトはニューオーリンズR&Bだろう。シカゴがギターとハーモニカなら、ニューオーリンズはピアノとホーンの街だ。リズム&ブルーズの“リズム”にアクセントがあると、マーシア・ボールは言う。プロフェッサー・ロングヘアもドクター・ジョンも、ブルーズにシンコペーションを効かせるという素晴らしい伝統を受け継いできた。これはニューオーリンズにしかないものだ。アーロン・ネヴィルはこんなことを言っている。

ピアノの師匠たちは空中を漂っているものなら何だって構わずつかみ取る。ルンバ、ブギ、マンボだろうと、ワルツ、ラグタイム、カリプソだろうと。そいつを同じ布に織り込んだ。無茶だと思われるけど、ちゃんと成り立っている。その決め手がブルーズだ。プロフェッサー・ロングヘアもファッツ・ドミノも、みんなブルーズの教育を受けていた。ブルーズは魔法の織物なんだ。絶対に破れないし、引っ張ればどこまでも伸びる。着込めば着込むほど良くなる。古くなればなるほど、新しく見えてくるんだ。


イーストウッドが昔、ワイオミング州の草原で自分の映画を撮っていた時に、ファッツ・ドミノがわざわざ来てくれたことがあったそうだ。撮影用にグランドピアノが草原に置かれていた。ファッツは18番の「I Want to Walk You Home」を、あの独特の8分の6拍子で弾き始めた。すると、スタッフ全員が動きを止め、丘の斜面を見つめた。

そこには10頭ほどのヘラジカがいた。ピアノが聞こえてくるこちらに首をかしげて眺めながら、ピクリとも動かない。そしてファッツが演奏を終えると、その場を立ち去ったという。イーストウッドは懐かしそうに微笑んだ。「鹿たちは虜になっていた。みんなブルーズが好きなんだ」

偉大なるピアノ・プレーヤーたち


ドクター・ジョンの演奏

ファッツ・ドミノの「I Want to Walk You Home」

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*参考・引用/『ザ・ブルース』(マーティン・スコセッシ監修/ピーター・ギュラルニック他編/奥田祐士訳/白夜書房)
*このコラムは2017年2月に公開されたものを更新しました。

(『THE BLUES』シリーズはこちらでお読みください)
フィール・ライク・ゴーイング・ホーム』(Feel Like Going Home/マーティン・スコセッシ監督)
ソウル・オブ・マン』(The Soul Of A Man/ヴィム・ヴェンダーズ監督)
『ロード・トゥ・メンフィス』(The Road To Memphis/リチャード・ピアース監督)
『デビルズ・ファイヤー』(Warming By The Devil’s Fire/チャールズ・バーネット監督)
『ゴッドファーザー&サン』(The Godfathers And Sons/マーク・レヴィン監督)
『レッド、ホワイト&ブルース』(Red, White & Blues/マイク・フィギス監督)
『ピアノ・ブルース』(Piano Blues/クリント・イーストウッド監督)

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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