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ロック色が強くなった「ちっぽけな感傷」から見えてきた山口百恵の不思議な能力

2019.02.08

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1974年に「ひと夏の経験」が発表されると、過激な歌詞に対するマスメディアからの批判がふたたび激しさを増した。
しかし15歳になった山口百恵はキワモノだと見下されたりしても萎縮することなく、年ごろの女性の微妙な心理を自分の中でひとつひとつ確認しながら、与えられた楽曲をていねいに歌うことで成長していった。

ヒット曲が「青い果実」から「禁じられた遊び」、「春風のいたずら」、「ひと夏の経験」と続いた中で、山口百恵の歌唱力に希望が見えてきたのは6枚目のシングル「ちっぽけな感傷」からだ。

1974年9月に発表された「ちっぽけな感傷」は、当時としてはかなり斬新なロック・サウンドだったが、彼女はそれを自分のビートで自然に歌っていた。
そのことがレコーディングのスタッフに理解されて、単に歌うことへの慣れやリズムの良さだけでなく、歌唱力そのものが上達していると見直されたのである。


原盤制作のディレクターだったホリプロダクションの川瀬泰雄は、シングルから3ヶ月後に発売になるアルバム『15才』のために、スローな編曲でもレコーディングを行っている。
その頃の気持ちを、「これはロック・バンドのサウンドである」と題して、具体的にはこのように述べていた。

このアルバムの頃、百恵はまだ微妙に幼さが残る発声だった。しかし歌い出した「♪ もちろんできないことだけど~」や、サビの「♪ なぜ愛されちゃいけないの~」のノリの変わるリズムにも、百恵は実に気持ちよさそう乗って歌っている。初めてのアップテンポのロック・サウンドというアレンジだったが、こんなノリのリズムでもこなしてしまうのかという、わずかに驚きを持った曲だった。


その当時のアイドルが2種類の異なるアレンジで楽曲をレコーディングするなど、予算的にも時間的にも考えられないことだった。
しかし山口百恵はいつでもありえないことを現実にしていく、そんな不思議な能力を持っていた。

運や不運では片付けられないその不思議な能力が、目立たない地味な少女をスーパースターへと導いていくことになる。

川瀬はアルバム・ヴァージョンについて、こんな見解を示していた。

シングルの歌い方が「ちょっと突込み気味に気味に歌うアップテンポのロック」だとすれば、こちらは「微妙に重くリズムに乗るヘビー・ロックのノリ」である。このようなアレンの違いで求められる歌い方の変化に対しても、自然に表現を変えることが、できるようになってきた。だんだん、百恵の歌がうまくなってきたのである。



確かにアルバム・ヴァージョンの「ちっぽけな感傷」を聴いてみると、山口百恵の歌唱力が説得力を増しているのが分かる。
それが無意識だったわけではないことは、山口百恵の自伝で述べられている。

確かに歌として見た場合きわどいものだったのかもしれないのだが、歌うにつれ、私の中で極めて自然な女性の神経という受け入れ方にできるようになっていた。もちろんその頃はまだ想像の域を脱してはいなかったのだが、それでも女の子の微妙な心理を、歌という媒体を通して自分の中でひとつひとつ確認してきたように思う。
(山口百恵・著 残間里江子・編「蒼い時」集英社)


14歳でデビューした山口百恵は、自分に与えられた過激なテーマと歌詞を持つ作品に対して、どのように表現したらいいのかを自分で考えることによって歌とともに成長してきた。

そして2種類の「ちっぽけな感傷」を唄ったことから、彼女のヴォーカルにはビートの効いたロック・サウンドと、情感を込めた大人っぽい世界の両方がふさわしいということに、誰もが気づくことになった。


(注)文中に引用した川瀬泰雄氏の発言はいずれも「プレイバック 制作ディレクター回想記」(Gakken)によるものです。

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