♪ 夜の帳が降り
辺りは暗く
明かりといえば
月だけだ
ああ、でも怖くない
怖くなんかないのさ
ただ君がそばにいてくれればね ♪
2015年4月末に76歳で旅立ったベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」は、そんな歌詞で始まる。
1938年生まれのベンは、1940年生まれのジョン・レノンより2つ年上だ。
「スタンド・バイ・ミー」は1961年から1962年にかけてヒットした曲だから、ジョンがビートルズとしてデビューする直前に聴いていたことになる。実際、アルバム「ロックンロール」のアルバムジャケットに使用された写真は、デビュー前のビートルズが1961年、ハンブルグで演奏していた時代に撮られたものだ。
ところで、「ロックンロール」という1950年代から1960年代にかけてのロックンロール・カバー集が作られるきっかけは、ビートルズ解散直後に起きた訴訟だった。
ビートルズ後期のヒット曲「カム・トゥゲザー」がチャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の盗作だ、と楽曲の著作権を管理する人物が訴えたのである。そしてこの訴訟は、ジョンが彼の管理する楽曲を歌うことで(印税を支払うという形で)話がついたのである。
ジョンはプロデューサーにフィル・スペクターを迎え、アルバムのレコーディングを始める。だが、なかなか思うように作業は進まない。ヨーコと離れて暮らすジョンの生活は荒れていたし、プロデューサーのフィルも酒びたりの日々を送っていたからだ。
ジョンは一度、「ロックンロール」の製作を取りやめ、自身の新作「心の壁、愛の橋」をレコーディングする。アルバムには、「ユー・キャント・キャッチ・ミー」の著作権を管理する人物が扱っている楽曲、リー・ドーシーの「ヤ・ヤ」が収録された。
「心の壁、愛の橋」は大ヒットアルバムとなり、シングルカットされたエルトン・ジョンとのデュエット「真夜中を突っ走れ」はヒットチャートのトップに駆け上がった。
そして、1974年。ジョンは、ニューヨークで行われたエルトンのコンサート・ステージに飛び入りで登場するのだが、このコンサートの客席にヨーコがいたのである。
「真夜中を突っ走れ」の大ヒットで自信を取り戻したジョンは、「ロックンロール」の製作を再開する。そして1975年、自らのプロデュースで完成された「ロックンロール」は発売され、「スタンド・バイ・ミー」がシングル・カットされるのだ。
♪ だから
ダーリン、ダーリン
スタンド・バイ・ミー
そばにいて
そばにいておくれよ ♪
ベン・E・キングは「スタンド・バイ・ミー」を書いた時、古いゴスペルを下敷きにしている。1905年、チャールズ・アルバート・ティンドリーが発表した「スタンド・バイ・ミー」である。
♪ 人生の嵐が猛威を振るう時
そばに、そばにいてください
艱難辛苦のその時に
そばに、そばにいてください ♪
ジョンはベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」をカバーしたが、こちらの黒人霊歌はボブ・ディランがカバーしている。
名曲「スタンド・バイ・ミー」よ。
ベン・E・キングよ。
そしてジョン。
いつまでも歌とともに、
僕らのそばにいてください。
スタンド・バイ・ミー。
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