山口百恵は人気絶頂だった1979年に自分の強い意志で引退を決意すると、芸能界には一切の未練を残さず、市井の生活者として静かに生きていく道を選んだ。
1980年10月5日に行われた日本武道館でのファイナルコンサートが、ファンの前に見せた最後の姿になった。
彼女はこのとき、まだ21歳だった。
ラスト・オリジナル・アルバム『This is my trial』が発売されたのは、引退後の10月22日である。
ここに収録されていたのが井上陽水が作詞・作曲した「Crazy Love」で、今ではスタンダード曲になっている。
この曲は「ダイアナ」のヒットで知られたカナダ出身のシンガー・ソングライター、ポール・アンカによる同名のロッカ・バラード「Crazy Love(邦題はクレイジー・ラヴ)」にインスパイアされて、出来てきたのではないかと考えられる。
1958年は日本にロカビリー旋風が吹き荒れていたが、最も人気が沸騰したのは17歳のポール・アンカだった。
6月29日付の文化放送「ユア・ヒット・パレード」では、ポール・アンカの曲がチャートのベスト・スリーを独占していた。
①位「君はわが運命」、②位「ダイアナ」、③位が「クレイジー・ラヴ」という順である。
山口百恵の所属するホリプロで制作担当プロデューサーだった川瀬泰雄は、著書の「プレイバック 制作ディレクター回想記 音楽「山口百恵」全軌跡」(学研教育出版)のなかで、この楽曲が生まれた経緯についてこんなことを明らかにしていた。
当初、陽水氏がくれたデモテープは、アコースティックギター1本で歌ったバラードだったのだが、もっと尖(と)がった感じを出したかった僕は、萩田氏に頼み3連のブルース・ロック風にアレンジしてもらったのだ。
こうして山口百恵の「Crazy Love」はポール・アンカを思わせる3連のロッカバラードで、しかもかなり大人びたブルースとして完成した。
川瀬はこのアレンジについて、最も信頼できる編曲家の萩田光雄によって、「大好きなサウンドに仕上がった」とも述べている。
川瀬からの依頼に応えて楽曲を提供した井上陽水は、制作中だった自身のアルバム『EVERY NIGHT』のために、自分でもバラード・ヴァージョンをレコーディングしていたという。
しかし萩田のアレンジによるテープを聴いて、そのイメージが気に入ったことから、もう一度レコーディングすることにした。
こうしてセルフ・カヴァーによる「クレイジーラブ」は、山口百恵のアルバムからおよそ1ヶ月後の11月21日にリリースされた。
それから四半世紀が過ぎた2006年に公開された映画『かもめ食堂』のエンディング・テーマに、そのヴァージョンが使われることになった。
そして映画がヒットしたことによって井上陽水の歌った「クレイジーラブ」は、あらたなファンにまで届いたのだった。
このように楽曲へのアプローチや唄い方などが互いに影響しあうことで、歌や音楽は新たな魅力を引き出されるものなのである。
また長い年月を経てから映画やテレビに使われることによって、新しい世代のリスナーに伝わるということが起こったりもする。
気に入って応援してくれるリスナーがいる限り、ポップスは生き続けることができる。
そうしたことの繰り返しによって、後世に歌い継がれるスタンダード曲が育っていく。
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