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ウィーザーのリヴァース・クオモのビーチ・ボーイズ愛はコイントスから始まった

2017.10.24

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ウィーザーのボーカルでソングライティングも手がけるリヴァース・クオモ。
彼はスポティファイで、自身が聴いていた音楽を年代別にプレイリストにして公開しており、そのうちのひとつであるウィーザーがデビューした1993年のプレイリストは、ビーチ・ボーイズとビートルズで占められている。




リヴァースはビーチ・ボーイズとの出会いについて、「僕が21歳か22歳の頃、ちょうどウィーザーを結成した頃だと記憶しているよ」と話している。


僕たちにはメロディが必要なんだ
ゴージャスな四声のハーモニーが


ウィーザーが誕生したのは、初期のメンバーが初めて一緒に練習した1992年の2月。彼らは音楽で成功することを夢見て、日々練習を積んでいった。

そんなある日、リヴァースはロサンゼルスのとある中古レコード屋に足を運んだ。
何か昔のロックのアルバムを買おうと思ったのだ。
店内のレコードを片っ端からチェックしたリヴァースは、購入する候補を2枚にまで絞りこむ。
1枚はレッド・ツェッペリン、そしてもう1枚はビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』だった。

「ほとんどコイントスで決めたようなものだけど、最終的に『ペット・サウンズ』を選んだんだ」



『ペット・サウンズ』はビーチ・ボーイズが1966年に発表したアルバムで、作曲を手がけるブライアン・ウィルソンがそれまでのスタイルを捨て、持てる才能の全てを注ぎ込んだ意欲作だ。

ことの始まりは『ペット・サウンズ』を発表する2年前、1964年のことだった。
「サーフィン・サファリ」のヒットをきっかけにサーフ・ミュージックで人気を得ていた彼らは、この年の2月に8枚目のシングル、「ファン・ファン・ファン」をリリースする。
そのときのことを、ブライアンは自伝でこのように説明している。

「ファン・ファン・ファン」はチャートの5位までいったが、それ以上には食いこめなかった。
なぜだ? 1位から4位までをビートルズが独占していたのだ。
僕の落ち込みようはひどかった。
(『ブライアン・ウイルソン自叙伝』より)


ビートルズはこの年の1月に「抱きしめたい」で全米チャート1位を獲得すると、翌月には渡米して人気番組の「エド・サリヴァン・ショー」への出演を果たし、60%以上もの驚異的な視聴率を記録した。さらには格調高いカーネギーホールで公演するなど、怒涛の勢いでアメリカを制服していった。
全米チャートの上位はビートルズによって完全に占拠されていたのだ。

この状況に危機感を、そしてビートルズに強い対抗心とコンプレックスを抱いたブライアンが、メンバーやレコード会社の反対を押し切り、自身の音楽を追求して辿り着いた音楽が『ペット・サウンズ』だった。
アルバムのタイトルはメンバーのマイク・ラブが口にした、「誰がこんなもの聴くんだ? 犬にでも聴かせるのか?」という言葉から取って付けられたという。



『ペット・サウンズ』をはじめて聴いたときの印象をリヴァース・クオモはこのように振り返っている。

「メロディーとコード進行、そしてレコードに宿る感情がたまらなく好きになった。
ウィーザーが活動を始めた頃に受けた影響の中でも特に大きかったよ」


ウィーザーにとって11枚目となる2017年のアルバム『パシフィック・デイドリーム』には、その名も「ビーチ・ボーイズ」というタイトルの曲が収録されており、その歌はリヴァースからブライアンへのラヴレターともいえる内容となっている。


ボリュームを上げてくれ、ビーチ・ボーイズだ
甘い歌声が聴こえてくる
ノリノリで まるでツイストするおもちゃさ




Weezer『Pacific Daydream』
Warner


引用元:
『ブライアン・ウイルソン自叙伝』ブライアン・ウイルソン、トッド・ゴールド著/中山啓子訳(径書房)
Weezer: Kings of the world | Interview | Upset

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