七夕です。
一年に一度だけ「おりひめ」と「ひこぼし」が、天の川を渡って再会を果たす日です。
夜空の星を見上げながら、大切な人や場所に想いを馳せてみてはいかがでしょうか?
♪「Lonestar」/ノラ・ジョーンズ(Album Version)
この「Lonestar」は、彼女が23歳の時にリリースしたデビューアルバム『Come Away With Me』(2002年)に収録されたカントリーバラードだ。
ライブでは本編のラストに歌われることが多く、彼女にとってもファンにとっても“大切な曲”となっている。
2001年9月11日、彼女が生まれたニューヨークで悲劇は起きた。
当時、彼女はこのデビュー作の制作を進めている真っ最中だったという。
世界を震撼させたアメリカ同時多発テロから約5ヶ月後に発表された一枚のアルバムは、人々の傷ついた心を癒す歌声として多くの音楽ファンに愛され、グラミー賞主要4部門含む全8部門を受賞するという快挙を成し遂げた作品となった。
孤高の星よ 今夜はどこを歩いているの?
今日も葛藤に悩まされる
この暗闇をあなたが照らしてくれるのなら
どんなものでも差し出すわ
Lonestar、それは“Lone”(孤高)の“Star”(星)という意味と、彼女が育ったテキサス州のことを歌っているという。
白い星を一つあしらった州旗からローン・スター・ステイト(Lone Star State)とも呼ばれる“思い出の場所”への郷愁を重ねたのだろうか…。
彼女はニューヨークで生まれた。
父親はインドで最も有名な音楽家の一人で、ビートルズにも影響を与えたシタール奏者ラヴィ・シャンカール。
母親は元ダンサーのスー・ジョーンズ。
3歳の時に両親は離婚。
ニューヨークから2000キロ以上離れた母の故郷テキサス州ダラス近郊のグレープヴァインに移り住むことになったのは4歳の頃。
音楽好きだった母親の影響で、5歳から教会の合唱団に入った。
生活を支えるために母は看護師として働き始め、兄弟がいなかった彼女は、独り家で過ごす時間が多く、その寂しさを母の持つ膨大な数のLPレコードで紛らわせていた。
彼女はそこから強い影響を受け、しだいに地元テキサスで愛されたカントリー・ミュージックや当時流行していたソウル・ミュージックをピアノで弾きながら歌うようになった。
高校ではパフォーミングとビジュアルアートを履修し、16歳の誕生日に地元のコーヒーショップで初ライブを行ない、ビリー・ホリデイの持ち歌「I’ll Be Seeing You」をエタ・ジェイムズのイメージで歌ったという。
あなたはとても遠くて
どれだけ行けば逢えるのか?見当もつかない
石をひろって投げてみる
何でもいいの…手がかりが欲しくて
カントリー、ジャズ、ブルース、ソウル、フォーク…
彼女にとってルーツミュージックこそが、多感な時期の葛藤や暗闇を照らしてくれる“孤高の星”だったのだろう。
そして彼女は36歳となった今も、音楽という“ローンスター”を真っ直ぐな瞳で追いつづけている。
♪「Lonestar」/ノラ・ジョーンズ(2002年live in New Orleans)
♪「Lonestar」/ノラ・ジョーンズ(2012年iTunes Festival)