一般的に古いロシア民謡のように思われているこの「百万本のバラ」は、実はそうではないという。北ヨーロッパの共和制国家ラトビアの歌謡曲、「Dāvāja Māriņa」(マーラが与えた人生)が原曲なのだ。
後にラトビアの文化大臣にもなった音楽家、ライモンド・パウルスがソ連統治時代に作曲したものだ。歌詞は、ラトビア人の愛国詩人、レオン・ブリディスが書いた詩をベースにしたもの。「マーラ」とは、同国語で命や母性を表す女神の意味なのだという。
その内容は、女優に恋をした画家が、家も財産も売り払ってバラの花を買い、女優の泊まる宿の窓の下に敷き詰め、名乗り出ることもなく、その姿を遠くから眺めて立ち去っていく、というロマンティックなもの。
だが、原曲の歌詞は全然違っていて、ラトビア歴史の悲劇を歌ったものだった。一体どんな内容だったのだろう?
もともとの歌詞は、画家や薔薇とはまったく関係ないのだ。ラトビアは、小国ゆえに歴史的に近隣のスウェーデン、ポーランド、ロシア、ドイツなどによって、絶えず侵略・蹂躙されてきた。
独立への思いを抱きながらも、多くの時間においてそれを成すことができなかった。詩人ブリディスは、そんなラトビアの悲劇の歴史を「幸せをあげ忘れた」と表現し、これにパウルスが旧ソ連時代の1981年に曲を付け、女性歌手アイヤ・クレレがラトビア語で、叙情豊かに歌ったのが最初だった。
子守唄のように優しく歌いながら、実はそこには民族の自尊心とソ連への抵抗への思いが込められていたのだという。しかし、当時支配者だったロシア人は、原語のそんな意味も分からず、魅力的なメロディーだけを歌い継ぐこととなった。
ボズネンスキーという男が作詞したロシア語の歌詞では、なぜかグルジア出身の放浪の画家ニコ・ピロスマニを題材とした“悲恋”が描かれ、それをロシアの人気女性歌手アーラ・プガチョワが唄って大ヒットさせたのだ。
加藤登紀子が歌って日本でもヒットした「百万本のバラ」には、さかのぼるとそんなルーツがあったのだ。まだ40年くらいの歴史しかない歌なので、この歌を“ロシア民謡”として分類するには些か無理がある話だ。原曲を唄うアイヤ・クレレの子守唄のような優しい語り口に込められた“悲しみ”は、何とも切ない。
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