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ベックが初めてのテレビ出演で老人たちをバックに歌った理由とは?

2024.04.05

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「その人はドラムを叩いてたんだけど、1ヶ所、すごく気の利いたカメラ割りがあってね。
あたかもドラム・ブレイクが入るかのようにカメラを振ると、そこで彼がロック・ドラム史上かつて実践されたことがないほどゆっくりとスティックを回したんだ。あれは良かったな」


ベックがそう語るのは1994年2月、初めてテレビに出演したときのことだ。

英BBCで2006年まで40年以上にわたって放送された歴史ある音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス(Top of the Pops)』のステージで、ベックはなんと平均年齢80歳を超えるだろう素人の老人たち(!)をバックに登場して歌ったのだ。


当時、ベックはちょっとした時の人になっていた。
わずか数時間で完成し、500枚だけプレスされたシングル「ルーザー」が、ラジオから火がついて若者たちの間でヒットし始めると、そのセンセーショナルなサビのフレーズにメディアの注目が集まった。

♪ 俺は負け犬さ

頼むから殺してくれよ ♪


当時、アメリカではスラッカーと呼ばれる無気力な若者たちが社会問題になっていた。ベックはその代弁者として祭り上げられるのだった。

ところがこれは全くの誤解で、ベックは代弁したつもりもなければスラッカーという言葉すら知らず、自分自身はむしろ怠けたことなんかないと主張している。
このフレーズは、はじめてラップをしてみたらあまりに下手だったので、自嘲しただけだという。

「サビのところは本当は“俺はラップが下手クソだ”とするべきだったな」


曲が予想外のかたちで時代とシンクロしてしまったことにベックは困惑したが、結果として「ルーザー」はヒットし、全くの無名だった23歳の若者は一躍注目のアーティストとなった。

loser

『トップ・オブ・ザ・ポップス』への出演は、3月にリリースするデビュー・アルバム『メロウ・ゴールド』のプロモーションをかねていた。
収録では番組の意向により、カラオケに合わせて歌うことが決まっていたのだが、それを知ったベックは老人をバックバンドにして歌うことを思いついたのだった。

「フォーク・シンガーがエレクトリックに転向するっていう、ありきたりなイメージ・・・それを年配の人たちを使うことで覆してやろうと思ったんだ」


集まった人たちの中からベックによって選ばれた“ベスト”なメンバーは、異様な雰囲気を醸し出しながらたどたどしい手つきで当て振りをし、ドラムを叩いた老人はあわや落とさんばかりのスティック捌きを披露してみせた。

一見すれば当て振りを皮肉ったパフォーマンスに見えるかもしれないが、バックバンドの下手な当て振りが、ラップの下手さを自嘲したサビのフレーズと重なりあい、見事に曲の世界観を描き出している。

♪ 俺は負け犬さ

頼むから殺してくれよ ♪



参考文献:
「ベック/源流への旅」 ロブ・ジョヴァノヴィック著 染谷和美訳 シンコー・ミュージック

Beck『Mellow Gold』
Geffen Records

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