それは嵐の夜だった。
1971年9月のある夜、まだ若かりし頃の“ボス”ことブルース・スプリングスティーンは、自身のバンドとともに地元のニュージャージー州にあるクラブで演奏していた。
そこにサックスを持って現れたのが“ビッグマン”の異名を持つ黒人の大男、クラレンス・クレモンズだ。
彼がドアを開けた瞬間、蝶番が壊れてドアが吹き飛んだ。(クレモンズは強風のせいだと言っている)一同が驚く中、ビッグマンはステージにいるブルースに向かって「お前のバンドで演奏させてくれないか?」とたずねる。
「ああ、好きなように」
それがブルースの答えだった。
この日のことをクレモンズは「魔法のような瞬間」と言い、「アイツが俺を見て、俺がアイツを見て、俺たちは恋に落ちたのさ。その愛が色褪せることは未だにない。」と語っている。
ビッグマンはスプリングスティーンのバンド、Eストリートバンドの中心的存在となり、2人の印象的なツーショットがジャケットに使われた『Born To Run』(「明日なき暴走」)はブルースの出世作となった。
そんなビッグマンが亡くなったのは2011年6月18日。
享年69、脳卒中の合併症によるものだった。
翌年3月、新作『Wrecking Ball』をリリースしたブルースは、Eストリート・バンドとともにツアーをスタートさせた。
ビッグマンの不在はバンドにとってこの上なく大きな喪失だったが、後釜として甥のジェイク・クレモンズがサックスで加入したこともあり、ライブは例年に負けない盛り上がりを見せる。
最後を締めるのは2人の出会いをつづった「Tenth Avenue Freeze Out」(「凍てついた十番街」)だった。
本来ならばイントロでビッグマンのサックスが鳴り響くのだが、ブルースは観客にそのフレーズを歌わせる。ピアノの上に立ってマイクを向け、「ビッグマンのサックスはそんなもんじゃないぞ」と言わんばかりに何度も煽り、会場は大合唱となった。
街に涙がこぼれ落ちる
何か楽しいことはないかと探すバッドスクーター
世界の誰もが小奇麗に歩いているが
おまえには逃げ場もありゃしない
席を譲っちゃくれないか、それだけさ
俺はバッドサイドを走ってて
壁を背負ってる
凍てついた十番街
凍てついた十番街
曲の後半、ボスとビッグマンが出会うシーンが訪れる。
アップタウンで変化が起きて
ビッグマンがバンドに加わった
すると海岸線から街まで
いかした女たちが手を振るようになったのさ
俺はゆったり座って、笑うだけ
スクーターとビッグマンがこの街を
真っ二つに切り裂く時が来た
凍てついた十番街
ブルースがそう歌うと演奏は止まり、ビッグマンに向けて止むことのない歓声が送られた。
その愛が色褪せることは未だにない。
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