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Mr.ボー・ジャングルス〜サミー・デイヴィスJr.が実在した伝説のタップダンサーの姿を重ねながら歌った名曲

2022.01.20

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歌、ダンス、モノマネ、巧みなトーク、そしてトランペット、ドラム、ビブラフォンの演奏、映画やテレビでの演技など、様々な“芸”を極め「Mr.エンターテインメント」と称されたサミー・デイヴィスJr.。
1990年5月16日、彼は喉頭癌を患い64歳でこの世を去った。
そんな彼が40代からこの世を去るまでの約20年間、ステージで大切に歌った“一曲”がある。
その曲の名は『Mr.ボー・ジャングルス』。
ドサまわりをし、刑務所に入っていることも多く、ダンスのギャラとして酒と少しばかりのチップをねだる…歌いながらそんな老ダンサーの姿を演じてみせる彼のステージはまさに“至芸”と呼ぶにふさわしいものだった。
彼はこの曲を歌うときに、実在した伝説のタップダンサーの姿を重ねながら歌ったという。
その人物の名はビル・ロビンソン。
アメリカ最高のタップダンスの名人として名を馳せたビルは、1920年代から30年代にかけてボードヴィルショーや(アメリカ最初期の)黒人映画俳優として活躍した元祖エンターテイナーだった。
後に“タップの神様”と呼ばれたビルの誕生日(5月25日)は「National Tap Dance Day(タップダンスの日)」となっている。


彼はショーの一座で南部を回った
ある日、涙しながら15年間の話をしてくれた
彼と愛犬がどんな旅をしてのか
その犬が死んでしまって20年…
彼は哀しみ続けているんだ
彼は言った「俺は今どんな時でも機会があれば踊るぜ!」と
酔っ払い相手の安酒場で…はした金でも



サミー・デイヴィスJr.の“十八番”として知られたこの歌、実は彼が歌うことを避けていた時期もあったのだという。
人気スターとして“落ちぶれた老ダンサー”を演じながら歌い踊っているうちは良いが、50歳を迎えた頃に体力的な衰えを感じるようになった彼は「今、自分が病気や事故にあって長いこと仕事を休むようになったなら、豪邸のローンなどでたちまち破産し、この老ダンサーのような境遇になってしまうだろう」という恐怖にとらわれていたというのだ。
そのため、しばらくは出来るだけこの曲を歌わずにすますようにしていたという。
逆に言えば、彼はそれほどこの曲に打ち込み、歌に出てくる老ダンサーと一体化するほど感情移入していたのかもしれない。



ボージャングルという男に会ったことがある
ボロ靴で踊ってくれた
白髪まじりの髪 破れたシャツ ダブダブのズボン
とても高く高くジャンプして
軽ろやかに着地したんだ


この歌に出てくるMr.ボー・ジャングルスとは一体誰のことなのだろう?
そもそもこの“ボージャングルス”というのはアメリカのスラングで、”happy-go-lucky=のんきな・運まかせの”という意味を持つ言葉らしく、悪く言えば“無計画な”という意味もあるのだという。
芸に生きて、気ままに過ごし、人生の儚い晩年を迎えたボードビリアンの心情を見事に描いたこの歌詞を、作者はどんな風にして紡ぎ出したのだろう?
この曲は、ジェリー・ジェフ・ウォーカーというシンガーソングライターが作詞作曲し1968年に自身のアルバムで発表したのが初出である。
作曲する4年程前にジェリーがニューオリンズで酒に酔ってトラブルを犯し、監獄に収監された際に、そこで知り合った年老いた無名のボードビリアンを題材にして作ったものだという。
また、この歌はサミー・デイヴィス・ジュニアの他にもこれまで多くの歌手たちがカヴァーしてきた。





最後に…サミー・デイヴィス・ジュニアが、亡くなる前年(1989年)に来日しTokyo Bay NK Hallステージで披露した最高のパフォーマンスをご紹介します。

「今日は会場の皆様に一つ謝らなければならない事があります。僕はマイケル・ジャクソンじゃないんだ。」

そう前置きした上で、マイケルの「Bad」のダンスと歌の真似を始める。
しかし、「やっぱり歳だ…」と言ってすぐにやめてしまい、老人のようによろよろ歩いてみせて笑わせる。

「やるのは楽しいけど、やっぱり若者向きの曲だね。」
「次の曲は僕向きに作られた曲です。」


そう語ると、彼はおもむろに黒いハットをかぶり歌い始めるのだ。
年老いたダンサーを描いた歌へと繋ぐ、珠玉の演出といえるだろう。


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