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そして今、夜は過ぎ去って
過ぎ去っていった
その長くはない時間の中
僕らはほとんど言葉も交わさなかった
君の腕に抱かれていたいのさ
もう1日だけね
(「シーサイド・ラブ」/エア・サプライ)
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1970年代が終わりを告げた1980年、70年代のひとつの象徴であったイーグルスは、活動を休止した。そしてウエストコーストの幻想が終わると、人々は新たなる蜃気楼を求めた。オーストラリア、メルボルン出身のエア・サプライは、そんな時代の空気の中で、爽やかなハーモニーを響かせた。
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いつかこんな夜に
いつかこんな狂った夜に
見つけるのさ、プリティー・ママ
君の心の火を灯す何かをね
(「呪われた夜/イーグルス)
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イーグルスが歌った夜は、もう帰ってこないのだと、エア・サプライは歌っているようだった。
そして、もうひとつ、メルボルン出身のバンドの曲がラジオから聴こえてきた。しかしその歌は、爽やかなエア・サプライとは正反対の、謎の言葉だらけの歌だった。
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フライド・アウトしたコンビーで
ヒッピーの道を旅する
頭の中はモロ、ゾンビーで
不思議な女に出会ったのさ
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フライド・アウトというのは、焼け焦げた、といった意味で、コンビーはワーゲンの小型バスだと、この歌を歌ったメン・アット・ワークのコリン・ヘイは説明している。
「ゾンビーというのは、オーストラリアで出回っていたマリファナのことさ」
幸い、アメリカ人にはこのスラングは理解できていなかったようで、この「ダウン・アンダー」が放送禁止となることもなかった。
そして歌は、主人公が出会った彼女の台詞となる。
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あんたダウン・アンダーから来たの?
火照った女と寝取ろうって男たちの土地
聞こえない?
あの雷の音が聞こえないの?
さあ早く
避難するのよ
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ダウン・アンダーというのは、ずっと下の方、という意味。地球儀で、下(南)の方にある国、つまりオーストラリアのことである。
メン・アット・ワークは、エア・サプライが創り出した爽やかなイメージを粉々に粉砕してみせたのである。
「中には勘違いして、オーストラリア賛歌だというやつもいるけどな」と、コリン・ヘイは語っている。
「それはよくある話で、ほら、スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』を、マッチョが拳を突き上げる愛国の歌だと思うようなものさ」
ヴェジマイト・サンドウィッチ(オーストラリアの国民食ともいわれる、ビール酵母から開発されたペースト状の食品)を売っている男の台詞はこうだ。
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俺、ダウン・アンダーから来たのさ
ビールが溢れ、男たちが吐いてる土地だよ
聞こえないか?
あの雷の音が聞こえないか?
さあ早く
避難するこったな
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オーストラリアを自虐的に歌ってみせたメン・アット・ワーク。だが、彼らがオーストラリアのひとつの顔となったのは確かなことで、実際、2000年のシドニー五輪の閉会式で彼らは歌ったのである。