新元号「令和」が発表され、いよいよ5月1日に「平成」が終わる。時代に一つ区切りがつくという不思議な空気が、世の中全体に漂っているように感じる。
そんな『平成』という元号をタイトルに冠したアルバムを、2018年10月に発表したシンガーソングライターがいる。平成元年に生まれた、折坂悠太だ。
鳥取出身の彼は、父親の仕事の関係で千葉、ロシア、イランなど様々な場所で幼少期を過ごす。
そのことからずっと「所在のない」という感覚が折坂の中で生まれていった。
世界各地を転々としながら育った彼が熱中したのは、アークティック・モンキーズやeastern youthなどのオルタナティヴロックだ。
ドラムやギター、ヴォーカルを始めた折坂は、楽器を弾きシャウトをすることで、自分の居場所を見つけていった。
やがて一人で曲を作り、弾き語りを始めると自分の声に魅力的な倍音があることに気がつく。
「身体全部を使って音を出すことを意識したとき、自分でも思いもしなかった響きがあったりして」
「わっ!!て声を出しきった結果、自分のキャパを超えたものだったり、コントロールを超えたものが出たらおもしろいなと思って」
(OTOTOYインタビュー 『その男、天才につき──折坂悠太、この世と別世界を繋ぐ歌声、ライヴ音源をハイレゾ独占配信』より)
このことがきっかけでロック的なシャウトから、モンゴルのホーメイやヨーデルを参考にした、倍音を響かせる歌い方に変化した。
歌い方の変化によって、ブルースやジャズ、フォーク、カントリーなど、土着の音楽を志向した折坂は2014年、自主レーベルからミニ・アルバム『あけぼの』をリリースする。
彼の声とガットギターを中心に作られた歌たちは、自身の日常を歌ったパーソナルなものでありながら、人の心を打つ広がりがある音楽だった。
『あけぼの』はASIAN-KUNG-FU GENERATIONの後藤正文や、元andymoriの小山田壮平をはじめとしたミュージシャンたちに高く評価され、折坂の名前は音楽界で知られるようになっていく。
そんな彼がアルバム『平成』の制作に取り掛かったのは2018年のことだ。
とあるライヴで、曲の合間にニーナ・シモンの「I Love You Porgy」のメロディに合わせて日付を歌ったことがきっかけだった。
「ギターも弾かずに『平成30年〜』と歌ったことがあって。その時、光景と感覚が、頭の中に強く刻まれて残ったんです。それで『これだ』と思い、アルバムタイトルにしようと決めました。」
(Real Soundインタビュー 折坂悠太“平成”と次の時代の音楽表現 より)
「へいせい」という音を声だけで響かせたことが、新たなインスピレーションになったのだ。
そうして「I Love You Porgy」のコード進行を参考にしながら、タイトル曲「平成」という楽曲を作り上げる。
ヒップホップのトラップビートとジャズドラムのリズム、そして唱歌や聖歌を彷彿とさせるメロディに乗せて時代への想いを響かせた。
この曲が完成したことで、彼は「平成」に対して湧き上がってきた感情を次々と歌にした。
折坂は時代への客観的な想いだけでなく、自分自身の所在のなさを素直に反映させていく。
そうして完成したアルバム『平成』に収められた13曲は、描かれている風景やリズム、メロディのエッセンスまですべて異なるものになった。
そのなかで共通しているのは、土着的なメロディから漂う不安定さや郷愁。そして折坂の倍音の効いた歌と民族音楽のようなビートによって生まれる、肉体的な躍動感だ。
彼は平成の時代から感じ取った閉塞感と希望を、音楽によってすべて表現しきったのである。
折坂がたまたま声に出して「平成」と歌ったことで、この作品は始まった。
そして時代や自分自身と真摯に向き合ったからこそ時代を切り取り、なおかつ普遍的なアルバムになったのだ。