ここ最近、浸透しつつある“ヨット・ロック”というジャンル。
それは、2000年代にアメリカでインターネット配信されたコメディ・シリーズ「Yacht Rock」に由来する。内容は1970年代の西海岸を舞台に、当時の音楽業界をパロディにしたものだ。
“ヨット・ロック”とはつまり、日本では“AOR”(アダルト・オリエンテッド・ロック)と呼ばれた、1970年代中頃から80年代のウエストコースト・サウンドや、ジャジーで洗練された大人向けのソフト・ロックのことだ。例えば代表的なアーティストではクリストファー・クロス、マイケル・マクドナルド、ネッド・ドヒニー、スティーリー・ダンなどなど。
本来は「ヨットを所有しているような金持ちのエリートが聴く音楽」という揶揄的な意味が含まれていた。
だが、番組の人気が広まったことから、リアルタイムでAORを体験していない若いDJや音楽ファンの耳に届くことになる。
そして「こんなにも素晴らしい音楽があったのか!」と再発見され、 アメリカの若い音楽ファンの間で“ヨット・ロック”の人気が高まっているというわけだ。
最近は日本でもヨット・ロックに関する書籍や、コンピレーション・アルバムなども企画されたりしていて、バブル期のAORブームが“ヨット・ロック”と名前を変えて、リバイバルする気配も感じられる。
そんなヨット・ロックのブームが海を越えて英国に渡り、誕生したバンドがBlueprint Blue(ブループリント・ブルー)、サウス・ロンドン出身の4人組だ。
バンド名は、スティーリー・ダンの名曲「Peg」の歌詞に由来する。
結成する前はそれぞれ別のバンドで、サイケデリックな音楽を演奏していた。
しかし、ギターのエリオットがドラムのメリッサに、グレイトフル・デッドの「Brown Eyed Woman」を演奏して聴かせたことで2人は意気投合する。
そうして、小さな頃から聴いていたアメリカ西海岸ロックへの愛情を具現化するために結成されたのが、このブループリント・ブルーだ。
2018年には、ロンドンのハイド・パークで開催されたポール・サイモンのフェアウェル・コンサートのサポート・アクトに抜擢されたほど、今大注目となっている。
そんな彼らが今年の3月にファースト・アルバム『ツーリスト』をリリースした。
楽曲はまさに、1970年代のアメリカ西海岸の音楽やシンガーソングライターから影響を受けた、爽やかでゆったりとしたサウンドで、英国的なところがほとんど感じられないのが面白い。
そのような少しノスタルジックで爽やかなメロディーに乗せて歌われるのだが、歌詞の内容は一風変わっている。
例えば、自分の理想的な恋人をコンピューターがアンドロイドを作って提供してくれる、架空のオンライン・デート・サービスについて歌う「An-D」。
有名人の訃報に触れるたびにSNSでこれ見よがしに追悼している人たちを、仲間内で「死のツーリスト」と呼んでいることに由来している「Tourist」。
インターネット社会で生まれ育った世代のリアルや、SF的な部分も感じられて、そのギャップがまた面白い。
6月には英国のアミューズメント・パークで開催されるマック・デマルコ主催の音楽フェスへの出演も決まっている彼ら。
ヨット・ロック・チルドレンとも言われるブループリント・ブルーのアルバム『ツーリスト』は、初夏から夏に心地よく聴きたい1枚だ。
「Tourist」
「An-D」