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井上陽水の「傘がない」にあったのは、「カ」「サ」「ガ」「タ」「ダ」から生まれる切迫感と叙情だった

2025.04.30

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井上陽水の初期の代表曲「傘がない」は、1972年7月にシングル・カットされたが、当時はヒット曲にならなかった。しかし、聴いた人たちには軽い衝撃を与えた。いや、それを重い一撃だと受けとめた人もかなりいただろう。 

1973年12月に、陽水のアルバム『氷の世界』が史上初のミリオンセラーになったことへの伏線は、「傘がない」の衝撃がボディブローのようにじわじわと効いたところにあった。

都会では自殺する若者が増えていると新聞は伝えるが、それよりも外は雨が降っていて、自分には傘がないと訴えるこの歌が、なぜそれほどまでに衝撃だったのか。

全共闘運動などに代表される激動の時代が終焉を迎えた70年代の前半は、学園紛争の嵐が過ぎ去って“シラケの季節”などと言われていた。そのために何事にも熱中できない若者たちの心理や、敗北したうつろな思いを映し出したと解釈して、社会的な問題に背を向けるミーイズムが登場したなどと解説する向きもあった。

だが、当の井上陽水は、「別にそんなふうに考えて作った歌ではないんですよ。ただ単に、周りが政治の季節であったというだけのことで……」と、インタビューで話している。

井上陽水傘がない

ぼくがはじめてラジオから流れてきたのを耳にしたときは、どこかで聴いたことのあるようなデジャヴ(既視感)があった。聴き終わって背筋がひんやりとするような衝撃を受ける同時に、歌い手の切迫する思いがあまりに赤裸々に感じられて、少し恥ずかしいような気がしたことを覚えている。

それから「傘がない」のレコードを聴き込んでわかったのは、歌詞とメロディーと井上陽水の特徴あるヴォーカル、それを表現するサウンドが一体となって、言語ではなく音楽が聴いた人のフィジカルに訴えかけてくることだった。

「傘がない」の音楽から生まれる衝撃を誘発するのは、歌詞における「カ」「サ」「ガ」や、「タ」「ダ」などの音韻の使われ方である。とにかく徹底して「カ」「サ」「ガ」と、「タ」「ダ」が出てくるのを見てほしい。

都会では自殺する若者が増えている ⇒「カ」「サ」「カ」「ガ」
今朝来た新聞の片隅に書いていた ⇒「サ」「タ」「カ」「タ」「カ」「タ」
だけども問題は今日の雨 傘がない ⇒「ダ」「ダ」「カ」「サ」「ガ」
行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ ⇒「カ」「カ」
君の街に行かなくちゃ 雨にぬれ ⇒「カ」
つめたい雨が今日は心に浸みる ⇒「タ」「ガ」
君の事以外は考えられなくなる ⇒「ガ」「カ」「ガ」
それはいい事だろ? ⇒「ダ」


「傘がない」という歌が持っている切迫感と叙情は、歌詞の意味する内容を具体的な音韻の「カ」「サ」「ガ」「タ」「ダ」を効果的に繰り返すことによって生じていた。

最初に発表されたオリジナル・ヴァージョンでは、発音するときにアタックが強い「カ」「サ」「ガ」や「タ」「ダ」という音韻に対応して、ピアノとアコースティック・ギターは「ガン」「ダン」「カン」「タン」「ガッ」「ダッ」「ザッ」「ザ」と鳴っている。

ドラムは効果的に「ダッ」「タッ」「ドン」「カ」とアクセントを効かせて、やがて「ダッダッダッダン」と打ち鳴らされる。間奏ではファズの効いたエレキギターが、思い切り切なく啼いている。

まず音が先行して聴くものの身体を打ち、耳から脳に伝わった言葉はイメージを喚起させる。哀愁と切迫感をさらに増幅するのが、井上陽水の哀愁あるハイトーン・ヴォイスと、斬新なサウンドである。

聴き手の胸には言葉以上に音そのものアタックと、音楽全体でメッセージが突き刺さってくる。だからこそ通常の歌という範囲を外れて、胸騒ぎや恥ずかしさを聴き手に感じさせたのだ。

まさに天才の仕事である。
 
歯切れがよい「カ」という音韻が積み重なっていくことで、日本語でビート感のようなノリを生じさせた「夢の中へ」は、この2年後に井上陽水の名を広く世の中に知らしめていく。


井上陽水オフィシャルサイトはこちらから


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▼場所/横浜市開港記念会館講堂(ジャックの塔)

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奇妙礼太郎 with 近藤康平(ライブペインティング)
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