ローリング・ストーンズの名前を世界に知らしめた「サティスファクション」の原型は、40分のいびきと一緒にカセット・テープレコーダーで録音されていたという。
キース・リチャーズにはその曲を書いた確かな記憶がなかった。しかし、夢の中で何かが閃いたような気がした。そして翌日、テープを聴来直すと、確かにいびきといびきの合間にギターのリフが残っていた。
単なる大まかな曲想だけだったが、キースにはそれで十分だった。
夢で閃いたギターリフを実際にカセットテープに録音したのは、ローリング・ストーンズがフロリダ州のタンパ・ベイエリアにある、ジャック・ラッセル・スタジアムでコンサートを行った翌日、どうやら1965年5月7日未明のことらしい。
翌朝の地元セント・ピーターズバーグ紙には、舞台最前列に陣取った警察官と会場にいた200人ほどの若者たちが、激しくやりあったことが大きく報じられていた。
アメリカの若者たちの行き場のないフラストレイションが、宙をさまよったままキースが見ていた夢に、自然に入り込んだのかもしれない。
宿泊先だったクリアウォーターのモーテルにあるプールサイドで、ミックとキースはギターのリフから曲を仕上げていった。
当時のミックと俺の典型的な合作だ。曲と基本的なアイデアはたいてい俺が作る。ミックはそこを埋めて、面白いものにするっていう仕事を引き受ける
最初のレコーディングはツアーの合間、シカゴのチェス・レコードで5月10日に行われている。そのフレーズがマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing in the Streets」のリフに似ていないか、キースにはかなり気にしていたという。
だが、ギブソン社から偶然にも彼の元に送られてきたファズ・ボックスのサンプル品が、そのリフを一変させることになった。
ファズ・ボックスを使った有名なギターのリフは5月12日、ロスアンゼルスのハリウッドにあるRCAスタジオでレコーデングされた。
その時に「I can’t get no satisfaction(満足できないぜ)」と言わんばかりに、キースのギターがファズ・トーンの力を得て炸裂したのだった。
ただしキースはその「サティスファクション」を、まだ完成したとは考えていなかった。ホーンセクションのかわりに、ファズのかかったギターを重ねていくつもりだったのである。
もう頭のなかには、その後でオーティス・レディングがやったみたいなリフが鳴り響いていたんだ。しかしストーンズにはホーンはないから、多重録音(オーバーダブ)するつもりでいた。ファズトーンは便利だ。ホーンに似た音にできる。
あくまでホーンを録音するためのガイド代わりに、キースは便利なファズトーンでギターのリフを入れたはずだった。
ところがマネージャーのアンドルー・オールダムは、アメリカだけでそのまま6月6日にシングル発売してしまったのである。しかもジャケットの右下には大きく、Produced by ANDREW LOOG OLDAHMと自分のクレジットを入れていた。
これはキースの意向を無視したアンドルーの独断だったが、機を見るに敏なプロデューサーなりの勝利だったのかもしれない。
アメリカ・ツアー中にラジオから流れてきた「サティスファクション」を耳にして、何も知らされていなかったキースは驚いて、当然ながら怒ったし、口惜しがったが、思わぬ発見もあった。
俺は多重録音(オーバーダブ)したかったんだ。ところが、ツアーであちこち回っているうちに、あの曲はアメリカ1位を獲得した! だから、つべこべ言う気はない。それに、教訓も得た。人はときに過剰に走る。何もかもが自分好みでいいわけじゃない。
「何もかもが自分好みでいいわけじゃない」とは、これを機に自然体を貫くようになるキースらしい、なんともさばけたジャッジである。
とはいえ、キースはステージ向きではないという理由で、ライブでは「サティスファクション」をしばらく演奏しなかった。
その気持ちが変わったのは、オーティス・レディングやアレサ・フランクリンが、素晴らしいカヴァーを発表したからだという。
アレサ・フランクリンのバージョンに、最初に書きたかったものが聴こえた。それからあれが好きになって、ステージで演奏し始めた。なにしろ、ソウル音楽の最高峰たちが俺たちの曲を歌っていたんだからな。
Aretha Flanklin / Satisfaction
Otis Redding / Satisfaction
(注)本コラムは2015年6月6日 に公開されました。

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